東ティモールの日本軍性奴隷制の被害者、ビルジニア・ダ・コスタ(Virginia da Costa)さんが亡くなられたとの知らせが、現地の団体であるHAK Associationのスタッフから連絡がありました。2022年1月4日午後5時20分に息を引き取られたと、家族から連絡があったそうです。




Virginia da Costaさん、2006年8月撮影。シリを噛んでいるところ。




 ビルジニアさんは17才の時、ある日本軍兵士の占有とされました。ナカノという日本兵が家にやってきて、家の祠(ルリックという)を破壊して脅迫したので、父親は彼女を日本軍に渡すしかなかったそうです。

実際に彼女を占有した兵士の名前を、彼女はラドリスあるいはラクトゥスと記憶しているのですが、これがどういう日本名なのかはわかりません。7ヶ月してその日本兵は移転になり、代わってサホがやってきました。サホは教師でした。次にタノネがやってきました。

こうして彼女は3人の日本兵に次々と占有されたのです。彼女は最初の兵士の子を産んでいます。労働はさせられなかったそうですが、いつも運命を嘆き、泣いていたそうです。



 ビルジニアさんは南部のマヌファヒ県の県都であるサメに暮らしていました。2006年に日本の私たちが初めて訪ねた時、足腰や目が弱くなったと言っていました。そこで料理などの家事は夫がこなしていて、二人で睦まじく暮らしている様子でした。サメにはサバイバーも多かったので、私たちもビルジニアさんを何度も訪ねました。



 昨年は5人のサバイバーが亡くなりました。そして、年明け早々、ビルジニアさんが亡くなり、これで残されたサバイバーは2人になってしまいました。コロナ渦で私たちも東ティモールに行くことができず、次々と訃報を受け取るのは大変悲しいことです。ご冥福をお祈りいたします。


松野明久

(東ティモール全国協議会)