128日、人権運動家・金福童さんが亡くなった。5日間に亘る葬儀には文在寅大統領をはじめ6000人が弔問し、日本大使館前の告別式に向かう行列には1000人が連なり粛々と行進した。

金福童さんの死を悼む声は世界各国から上がった。
「第二次大戦中に日本軍の性奴隷とされ、粘り強い闘いを繰り広げて、自身と同様の経験をした何千人もの女性の苦しみに国際的関心を向けさせることに貢献した金福童さんが亡くなった。92歳だった。……金さんと他のサバイバーたちは、(日韓)合意は日本の公式賠償と法的責任の認定が不足していると主張した。金さんは入院後に(和解・癒し)財団の前で車椅子に乗って一人デモを行った。金さんは2016年、ラジオのインタビューで『今まで私たちが闘って来たのはお金のためではない』とし、『私たちが望むのは、私たちの名誉を回復する、日本の心からの謝罪と法的な賠償だ』と述べた。……」130日付『ニューヨークタイムズ』)。
 昨年末の1228日、フィリピン・ラグナ州サンペドロ市に「平和の少女像」が姿を現した。昨年9月にサンペドロ市長が韓国提川(チェチョン)市を訪問した際に、サンペドロ市側が提案して建立に至ったのだという。同市にある私営の高齢女性介護施設内に設置された「平和の少女像」は、韓国ソウルの日本大使館前に建てられた「平和の碑」と同じもので、サンペドロ市長をはじめ約100人の現地の人々と提川市の前市長ら韓国代表団8人が見守る中、除幕式が開催された。


 一方、在比日本大使館は「今回のケースを含め他の国に慰安婦彫刻像を設置することは非常に遺憾」「日本政府の立場と相容れず極めて残念」とし、フィリピン大統領府と外務省に申し入れをおこなった。

「日韓合意」は、なぜ日本軍「慰安婦」問題の解決にならないのか。「日韓合意」は、そして韓国政府の新方針は、国際法の観点でどのように評価されるのか。
全ての疑問に応える、パンフレットが発売されました。

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27年前の今日、1991年8月14日、韓国でひとりの女性が記者会見し「私は日本軍によって慰安婦にさせられた」と告発しました。金学順さんです。同様に、戦後50年近くも沈黙を強いられてきた日本軍性奴隷被害者たちは「私もだ!」と一斉に声をあげ始めました。まさに「#Me Too」のスタートでした。その声は韓国内にとどまらず、朝鮮民主主義人民共和国、台湾、中国、フィリピン、インドネシア、東ティモール、マレーシア等とアジア各地に拡がりました。その勇気ある名のり出と証言によって、歴史の闇に埋もれていた日本軍による性奴隷制度の実態が明らかにされてきました。

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(署名の第1次集約日は2018年5月13日です)

 昨年12月8日、フィリピンの首都マニラに、日本軍の「慰安婦」にされた女性たちを記憶するための碑が建てられた。歴史的な記念物の設置に関わる政府機関「フィリピン国家歴史委員会」が、公的に承認して設置したものだ。台座にはタガログ語で「1942~45年の日本統治下で虐待の被害に遭った全てのフィリピン女性の記憶である。彼女たちが自身の経験を語り出すまで、何年もの月日を要した」と記された。

 なぜ記憶しようとするのか。
 それは、再発防止のために他ならない。
 日本軍「慰安婦」(性暴力)被害者たちは、二度と同じような被害者を生まない平和な世界の実現を訴えてきた。今、世界に広がる日本軍「慰安婦」メモリアルは、この訴えを記憶することで、今も戦時下で、あるいは基地周辺で、そして日常の中で繰り返される性暴力を根絶しようとする決意と切望を表すものなのである。