〈訃報〉東ティモールの日本軍性奴隷制の被害者エスペランサ・アメリア・フェルナンデスさん
東ティモールの日本軍性奴隷制の被害者エスペランサ・アメリア・
(写真は、2008年1月に東京で行われた第9回日本軍「慰安婦」問題
エスペランサさんは東ティモール東部のビケケ県のウアトゥカラバ
日本占領時代のある日、現地のリウライ(王) の家に11人の少女と一緒に集められ、そこからウアトゥビナロ( Uatubinaro)に駐屯していた日本軍部隊に連れていかれ ました。そこで司令官らしきマタハリ(Matahari)という 日本軍人の占有となりました。(マタハリはマレー語/インドネシ ア語で「太陽」の意味。)
戦後、日本軍の協力者だと疑われ、ポル トガル植民地政庁に捕らえられてイリオマール(Iliomar) に3ヶ月拘禁、その後ラウテン(Lautem)、バウカウ( Baucau)と移されました。
尋問中泣くと殴られたそうです。 最後は「日本軍は服を彼女に与えなかった」ということで、釈放さ れました。
ラウテンでは水がなく、道路の水たまりの水を這いつく ばって飲んだといいます。
その後、結婚したものの夫は1999年 8月、東ティモールが独立を決めた住民投票の最中に亡くなりまし た。
2008年1月に東京で行われた第9回日本軍「慰安婦」問題 アジア連帯会議に参加しました。
このところ、東ティモールのサバイバーの訃報が続いています。エ
松野明久
東ティモール全国協議会