加害者の過ち明らかにし、率直な認定と謝罪を受けようとした歳月が30年だ。


帰ってこれなかった者を追悼し、帰ってきた者の名誉と人権を回復するために努力してきた歳月が30年だ。


再びこんなことが繰り返されないように記憶し、教育することを要求した歳月が30年だ。


被害者が後ろ指を差されず、烙印に苦しめられないよう、生存者が堂々と足を踏みしめて立ち、叫んできた歳月が30年だ。


過去が現在を条件づけ、未来を規定しないことを願って、雪が降ろうが雨が降ろうが街頭に立って30年だ。


未来世代が平和に手をつないで世の中の光になることを祈って30年だ。 









それでも身じろぎもせず、市民の目と耳を覆い、歴史の真実を歪曲することを重ね、被害者を非難することが繰り返されてきた。世界のいたるところで鳴り響いた被害者の訴えにも、数多くの国連勧告にも各国議会決議にも、戦争犯罪認定と責任履行どころか、再武装をたくらみ、植民地時代の従属国でもあるかのように大韓民国を見下ろし、侮蔑感を与えることが繰り返されている。否認して押し退けておいて解決できない問題が幽霊のように現れて市民の首筋を捉えることが持続している。




昨年7月8日以来、約16ヶ月ぶりにようやく開かれた平和路の状況を見よ。 



とめどなく遅れる問題解決の日が希望を払いのけて不安と不満の種を芽生えさせた結果を見よ。


繰り返される歴史の過ちが否定とヘイト勢力の餌になって毒キノコのように広がっている現実を見よ。


極悪なスローガンと到底口にできないような言葉で、被害者の傷ついた心を再びえぐりズタズタにする現場を見よ。


鋭い毒舌のあいくちで善良な市民をむやみに傷つけ、運動の根幹を揺るがそうとする者たちを見よ。



平和路を戦争でない戦場にしている者たちがまさに水曜デモの精神が生かさなければならない根拠だ。いかなる政府間合意をもってしても日本軍性奴隷制問題は解決されなかったということを示す証拠だ。消えたと思っていた実践の責任を誰が担わなければならないのか問い直す逆説だ。平和と人権が波打つ世の中を望んだ被害生存者の希望を私たちが必ず実現させなければならない理由だ。 



再び要求する。


差別と嫌悪、否定と歪曲の歳月にもうけりをつけよう。 

率直な認定と覆すことのできない謝罪、真相究明、これのために着実な責任履行で問題を解決し、信頼を回復して平和な世の中を後世に引き継ごう。



もう一度心に誓う。


怒る価値もない低劣な者たちに応酬する代わりに「日本が謝罪する時まで死なない」と言った被害生存者の願いを継承するために、私たちの努力を尽くそう。全力をつくして真実を明らかにし、世の中を変えて、この世を去った被害者の勇気と情熱を胸深く刻み、強く耐え抜こう。私が倒れればまた他の私が、また他の私が疲れればまた他の私が現れて、黙黙と一歩一歩前に進んでいこう。愛と連帯の花が嫌悪と不正の刃を覆うその日まで全世界の市民が「私たち」になって共に進んで行こう。


2021年 11月 3日

正義記憶連帯理事長 イ・ナヨン


(訳 方清子)