政府の言う「強制連行を示す文書は無い」とは
政府が保有している日本軍「慰安婦」関連文書とは、内閣官房内閣副長官補室の厚生労働担当が管理している物のことで、それ以外の官公庁が保有していても、それは政府の言う「慰安婦」関連文書とはなりません。
これは法令で決まっているものではなく、政府が勝手にそういう仕切りを作っているだけです。
そこには「河野談話」の発表までに収集した資料が236件、それ以降に収集したものが274件あります。
この件数は、政府自体も簿冊の数で数えてみたり、簿冊に含まれている文書件数で数えてみたりとまちまちの数字が出されています
また、そこに集められている文書は、政府関係機関が保有していた文書のみで、書籍類や民間が持っている資料(例えば、裁判記録や証言記録など)は、一つも収集していません。
2014年に、私たちが集めた「日本軍『慰安婦』関係資料」約500件を内閣官房に提出しましたが、1年後に民間からの資料は受け取れないと突き返してきました。
そのような状況にあるにもかかわらず、政府は2007年に「同日(1993年の河野談話発表時)の調査結果の発表までに政府が発見した資料の中には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述も見当たらなかったところである」との「答弁書」をつくり、この極めて限定条件を付けて「無い」と言ったのです。
それを「強制連行を示す文書は無い」と閣議決定したと誇張して宣伝しています。
実際は、「河野談話の発表までにも幾つもの強制連行を示す文書が内閣官房に送られており、この答弁書自体も事実に反したものです。
これは、内閣官房内閣副長官補室に集まった資料以外は、世の中に存在しない文書であり、そこに関係省庁から送られてくると「新たに発見した文書」とされるインチキな仕組みです。
それで、人々が見つけた資料の所蔵先を調べ、その所蔵先が公共機関であれば、「内閣官房へ送ってください」としつこく要請を繰り返すということをしています。
今、私たちは日本軍が「慰安婦」制度を公式に認め、全軍が「慰安所」の設置を可能とするために行った法令の改正資料として、防衛省に「野戦酒保規程改正ニ関スル件」が有ることを知っています。この文書か発見されて10年以上経過しますが、未だこの文書は内閣官房に送られていません。
河野談話発表の時に、当時の防衛庁戦史資料室で内閣官房に送る「慰安婦」関連資料の調査にあたった人物に、この「野戦酒保規程改正ニ関スル件」を「この文書は日本軍の「慰安所」設置の基本法だと思いますが、何故、送らなかったのですか」と質問したことがあります。
その答えは「そうだなぁ、これなしに慰安所はつくれなかった。やぁ、見落としたんだな」ということでした。
軍が何か動けば、どのような事務文書が作成されるかを分かっているプロの人が見落とすことなど考えられません。今も、かたくなに防衛省はその文書を送ることを拒否しています。
このようなことから、私が推測していることは、1991年8月14日の金学順さんの名乗り出以降、日本軍「慰安婦」問題を隠し切れなくなり、日本政府として解決を迫られて、加藤紘一官房長官時代に「法的には解決積みの問題だが、人道的立場として軍と政府の関与を認めて、謝罪する」との線で解決を図ることを決めて現在もその立場でいるということだと思います。
このことを証明する文書は、情報公開請求をしても黒塗りで出されてくるので、まだ見つかっていません。
また、政府が言う「法的には解決済み」と言うことについて、それを説明している日韓会談での「請求権に関する想定問答」の文書15件が、財務省から移管されて国立公文書館にありますが、その内の主要な4件の閲覧申請をしたところ、審査に3年間かかるので2023年まで決定できないという返事です。
これが、わが国の実態です。
国民の知る権利も政府の説明責任も有効に機能していないのです。
これが民主主義と言えるでしょうか。
(2021年 小林久公 記)