みなさん、こんばんは。申琪榮(シン・キヨン)と申します。

2008年からお茶の水女子大学で、東アジアの政治とジェンダーを研究してきました。


今日私がお話ししたいテーマは、「日本軍『慰安婦』問題は、私たちの問題」です。この「私たち」とは誰でしょうか。


「慰安婦」問題は、被害者だけの問題でも、女性だけの問題でも、終わった過去の問題でもありません。国籍も、性別も、出自も関わりなく、いまここ日本で共に生きているあなたと私――その全員の問題なのです。



正直に言います。水曜行動100回目という大切な節目に、冒頭で発言する資格が私にあるのか、迷いました。この場には、私よりはるかに長く闘ってこられた方々がいらっしゃるからです。


それでも発言を決心したのは、「慰安婦」問題が「私たちの問題」なら、私もその一人として、この場で声をあげるべきだと思ったからです。今日は、その思いをお話しさせてください。



通りがかりに足を止めてくださった方の中には、「昔のことなのに、どうして今も?」と感じる方もいらっしゃるかもしれません。当然の疑問だと思います。私たちの多くは、この問題を学校でほとんど学ぶことなく大人になったからです。



先日、若い人たちに向けて講演をしたとき、こんな声を聞きました。


「『慰安婦』問題に関心はあるけれど、話すのには何となく壁を感じる」と。その感覚も、分かります。でも、その「壁」は、あなたがつくったものではありません。社会がこの問題にきちんと向き合わず、次の世代に伝えてこなかった。その結果として、私たちの間に「壁」が築かれてしまったのです。


だからこそ今日、少しだけ一緒に考えてみてほしいのです。



みなさんは「#MeToo」をご存じですよね。2017年、「私も性暴力の被害にあった」という告発が、SNSを通じて世界中へ広がりました。


一人が沈黙を破ると、次の一人が勇気を得る、あの連鎖です。


実はその26年前の1991年に、まったく同じことが起きていました。


韓国の金学順(キム・ハクスン)さんが、実名で、顔を出して、「私は日本軍の『慰安婦』にされた」と証言したのです。

当時SNSはありませんでした。でも、テレビに映った金学順さんの毅然とした姿を見て、アジアの各地で、何十年も沈黙してきた女性たちが、「私も名乗り出る勇気をもらった」と、次々に立ち上がりました。



私はこれを、性暴力を告発する最初の国際的な#MeToo運動だったと考えています。サバイバーたちは、#MeTooという言葉が生まれる前の、最初の#MeToo運動家なのです。



では、なぜ彼女たちは、半世紀も沈黙しなければならなかったのでしょうか。

被害者が黙っていたのではありません。

社会が、彼女たちを黙らせていたのです。

性被害を訴えれば、逆に疑われる。「証拠はあるのか」「本人にも落ち度があったのでは」「名乗り出た意図は何だ」。女性の言葉は、いつの時代も軽んじられてきました。被害の中身よりも、被害者の「品行」が裁かれる。これを二次被害といいます。



#MeToo運動が暴いたこの構造は、名乗り出た「慰安婦」サバイバーたちが浴びせられた誹謗中傷と、そっくり同じです。しかもこの国では、それを政治家が先頭に立って行ってきました。証言を「嘘だ」と言い、教科書から記述を消し、2015年にはサバイバーたちの意思を十分に尊重しないまま「最終的かつ不可逆的な解決」を宣言しました。被害者を黙らせる構造が、国家の顔をして続いているのです。



そして、ここが、今日私がいちばんお伝えしたいことです。

被害者を黙らせる社会は、過去と現在を区別しません。

「慰安婦」の証言を疑う社会は、今日の性被害の訴えも疑います。女性の言葉を軽んじる社会は、女性の地位も上げません。植民地支配の下で傷つけられた女性たちの尊厳を否定する社会は、今ここにいる外国人やマイノリティの尊厳も否定します。そして、過去の戦争の加害に向き合わない社会は、次の戦争を止めることができません。



だから私は、今の政治を見ていて強い危機感を覚えています。

国会を見てください。国旗を傷つけたら処罰する法案、外国人の在留をさらに締めつける制度、そして憲法を変え、再び戦争のできる国にする動き。

これらの根っこは、一つです。

それは80年前の過ちから学ばない政治。

だから「慰安婦」問題は、過去の問題ではなく、今ここにいる私たち全員の問題なのです。



それでも、私は絶望していません。その理由は二つあります。


一つは、「慰安婦」問題の歴史、そのものです。

90年代、金学順さんたちの声を真っ先に受け止めた人たちの中に、日本の女性たち、在日の女性たち、日本の市民たちがいました。サバイバーのもとに通い、証言を聞き取り、アジア各国の被害者と手をつなぎました。



政府を動かしたのは外交ではありません。国境を越えた市民の連帯でした。その連帯は、「女性の権利は人権である」という言葉を国際社会の常識にし、戦時性暴力を「人道に対する罪」として裁く道を切り開きました。

これは、日本の市民社会が世界に誇っていい歴史です。

そして断言します。

誰が、何を、どう記憶するかは、国家がコントロールできることではありません。政府が「終わり」を宣言しても、記憶は消せないのです。



私が絶望しないもう一つの理由は、今日、この場です。


この後マイクの前に立つのは、その連帯を何十年も担ってこられた方々――私が心から尊敬し、もっとも多くを学ばせていただいた方々です。この方々が教えてくれました。サバイバーたちが亡くなっても、声は消えない。声は、受け取った人の中で生き続け、世代を超えて手渡されていく、と。


#MeToo運動は、告発のハッシュタグだけではありませんでした。

#WithYou――あなたを信じる」という応答の言葉が、サバイバーたちを支えました。疑われ続けてきた人の言葉を、留保なく受け止めること。それが、被害者を黙らせてきた社会を断ち切る、最初の一歩です。



今夜、この新宿の街で、12の国と地域のサバイバーの声が読み上げられます。それを立ち止まって聞くこと――それ自体が、時代を超えた「あなたを信じる」という応答です。そしてそれは、私たちの間に築かれてきた「壁」を壊すことでもあります。


 

サバイバーたちが名乗り出た理由は、共通していました。なかったことにされたくない。二度と、同じ被害を生まないでほしい。

その願いの受け取り手に、今夜、あなたもなってください。

知ることは、重荷ではありません。

知ることは、自分にも社会にも力を与えることなのです。

サバイバーたちも、「資格」があったから語ったのではありません。聞く人がいると信じたから、語ったのでしょう。

だから私も、その勇気に背中を押されて、今日ここに立ちました。

資格のある人だけが声をあげる社会では、何も変わりません。

今日まで100回、この場所に立ち続けてこられたみなさんに、深い敬意と感謝を込めます。

最後に、もう一度。

「慰安婦」問題は、私たちの問題です。

共に記憶し、共に声をあげていきましょう。

ありがとうございました。(お茶の水女子大学教授