上智大学の教員の田中雅子です。国際協力や移民研究、ジェンダー論を教えています。



今日は二つのことをお話します。

一つ目は、明日619日が「紛争下における性暴力根絶のための国際デー」であることにちなんだ話題です。二つ目として、私が大学の授業で戦時性暴力の問題をどのように取り上げているかについて話します。

 


1.「紛争下における性暴力根絶のための国際デー」

1.1 国連事務総長のメッセージ

 アントニオ・グテーレス国連事務総長は、今年の「紛争下における性暴力根絶のための国際デー」によせて、65日にメッセージを発表しています。

 


 性暴力は戦争におけるグロテスクな戦術です。残忍で、拷問や、抑圧によって身体に傷跡を残し、心やコミュニティ全体に影響を及ぼします。これらの凶悪な犯罪が与えた恐怖は、銃が沈黙してからずっと後まで影響を与え続けます。



 あまりにも頻繁に、加害者が自由に歩き回り、免責される一方、サバイバーはしばしばスティグマとトラウマによって耐え難い負担を強いられます。 痛みは、生涯にわたって続き、ときに世代を超えて、サバイバーの子孫にトラウマと苦しみを遺産として残します。


 今年の国際デーでは、紛争下の性暴力による深く長く続く世代間の傷に焦点を当てます。そのサイクルを破るには、過去の恐怖に立ち向かい、サバイバーを支援し、将来の世代が同じ運命に陥らないよう守らなければなりません。


 そのためには、サバイバーの立場に立った「トラウマ・インフォームド・サービス」(トラウマの影響を考慮したアプローチ)への安全なアクセスを確保することが重要です。正義を伝え、加害者に説明責任を求めること、そして、サバイバーの声を聞いて、それを拡散させることが求められています。


 この卑劣な犯罪を終わらせ、サバイバーのために正義を求め、暴力のサイクルを永久に終わらせるための努力を続けましょう。


 

1.2 国連安保理決議1820

 今から10年前の2015年の619日、国連総会は毎年619日を「紛争下における性暴力根絶のための国際デー」とすることを宣言しました。

紛争下における性暴力の根絶の必要性に対する意識を高め、世界中の性暴力の被害者とサバイバーに敬意を表し、これらの犯罪を根絶するために人生を捧げた人、また、命を落としたすべての人々に敬意を表することが目的です。


 2015年頃、世界各地の紛争で性暴力の問題が強く認識されていました。シリアや、イラクのIS支配地域、南スーダン、コンゴ民主共和国、ナイジェリアのボコ・ハラムの活動地域などで、女性や女の子に対する性暴力や強制結婚が起きていました。


 国際デーが619日になったのは、2008年の619日に「紛争下の性暴力の防止に関する国連安保理決議1820号」採択されたからです。

これは、武力紛争下における性暴力について、戦争犯罪であり、人道に反する罪、また、特定の集団の全部および一部を破壊するジェノサイドにあたる行為だと、国連安全保障理事会が初めて認識した決議です。


 この決議は、武力紛争下における性暴力が国際平和と安全に対する脅威であることを明確にし、これを強く非難しました。

とりわけ、女性と女の子を標的としたレイプや性暴力が、民族への迫害や集団移動の手段として組織的に用いられていることに深い懸念を示しています。武力紛争の全当事者に対しては、直ちに性暴力をやめ、民間人を保護するよう要請しています。

さらに、加害者の免責を許さず、司法手続きを通じて責任を追及するよう各国に求め、被害者が法律面と医療面での支援に平等にアクセスできる体制の整備を促しています。

一方、国連事務総長に対しては、国連平和維持活動PKOにおける性的搾取および虐待を絶対に許さないゼロトレランス政策の強化を要請するとともに、兵員や警察を送る国に対して、PKO活動展開前および現場における教育、自国の要員が性的搾取や虐待などに関与した場合に、全面的な説明責任を果たす行動をとることや、適切な事前予防策を講じることなどを求めています。

 


1.3 国連安保理決議1325号とNAP

 国連安保理決議1820号は、20001031日に採択された女性・平和・安全保障に関する初めての安保理決議である1325号の関連決議です。

1320号では、紛争下において女性が受ける不均衡な影響と、女性は紛争下の性暴力から保護されるべき対象であると同時に平和・安全保障の主体的な担い手でもあるという認識をうたっています。

さらに性差によるニーズを踏まえつつ、紛争予防・紛争解決・和平交渉・平和維持活動・平和構築・ガバナンスといったすべての段階の意思決定に、主体として女性が平等に参画できるようにすることと、人道支援、復興におけるジェンダー主流化、女性の人権の保護及びジェンダー平等の促進を要請しています。


 2008年に1820号が採択されてから、現在までに計10本の関連決議が出されています。その中には、不処罰をなくすための制裁措置を求めたもの(18882009年)や、その強化を求めたもの(19602010年)のほか、2013年には、男性や男の子も被害者となる紛争下の性暴力の防止と不処罰をなくすための取り組みを求めた決議(2106号)も出されています。


 これらの国連安保理決議とは、国連加盟国が実施義務を負い、それを実行するために国別行動計画の策定が求められるものです。国別行動計画はNational Action Planの頭文字をとってNAPと呼ばれています。2024年末までに112カ国がNAPを策定しています。

 

1.4 日本のNAP

 日本政府は2013年に1325号のNAPの策定をはじめ、20159月の国連総会で、当時の首相が策定を発表し、翌20164月に第1次計画を開始しました。現在は2023年から2028年までの第3次計画を実施中です。アジアでは、フィリピンが最初のNAP策定国で、ネパール、韓国、インドネシア、アフガニスタンの次が日本でした。その後、東ティモール、バングラデシュ、スリランカが続き、2024年にベトナムも策定を発表しました。ヨーロッパやアフリカと比べると進捗は遅いです。


 第1NAP策定のときは、NGOなど市民社会の関係者にも協議の場が開かれていました。1325NAP市民連絡会を結成し、少人数グループ会合という外務省を中心に、法務省や防衛省、警察庁など関係省庁の他、国際協力機構JICAの担当者らと12回にわたる対話を行いました。また、東京だけでなく沖縄や仙台で開催されたものも含めて計7回の一般参加者が出席できる意見交換会も開かれました。


 NAPの最終版に「慰安婦」や駐留米軍の性暴力の問題が入らなかったことなど、問題点はありましたが、当時どのような提案がなされたかや意見交換の要旨は、今でも外務省のWEBサイトの「女性・平和・安全保障に関する第一次行動計画策定の経緯」というページで読むことができます。


 第1NAPには、市民社会から要望しても入らなかった点があったものの、それでも、多くの具体策やその成果を測るための指標が提案されて、計22頁にわたる計画になりました。

2NAPも同じ形式を踏襲しましたが、第3NAPは前文もなくなり、指標も大幅に簡素化されて16頁となっています。実施前にパブリックコメントに伏されましたが、意見提出は8件しかなかったようです。


 私は第1NAP策定段階では少人数グループ会合のメンバーとして、ほぼすべての会合に出席しました。当時の外務省の担当者は、市民社会との対話を重視しており、会合の場では自由な意見交換ができました。

しかし、担当者が交代し、第1次NAPの策定が終了した時点で、市民社会との対話のチャンネルはなくなり、私も関与することがなくなりました。国連安保理決議1325号や1820号が求めてきてこととは異なる、自然災害時の緊急人道支援などに紙幅が割かれていること、何より、市民社会の関与の余地がなくなっていったことに違和感があるからです。

 


1.5 国内における現状

 現在実施中の日本政府の第3NAPには、「性的暴力及びジェンダーに基づく暴力の防止と対応」という章があります。ここには、安保理決議1820号で謳われたことの一部も取り組みとして述べられています。その一つは、法の支配の定着という項目で「加害者不処罰の文化の終焉に資する支援や、行政、軍、警察、司法関係者への能力強化や法整備支援」です。残念なことに、ここに記されているのは、日本国内で実施することではなく、「日本の支援によって」他国で行うことしか評価の指標になっていません。

 沖縄では、2025年に入ってからだけでも、毎月のように、米軍の兵士による性暴力事件が報道されています。「加害者不処罰の文化の終焉」は、日本国内でも必要であることは言うまでもありません。

 

1.6 国外での動き

 国連安保理決議1325号女性・平和・安全保障に関して、2019年以後、関連決議は出ていませんが、問題は解決したわけではありません。

 例えば、ロシアとウクライナ戦争でも性暴力が起きていることを国連ウクライナ人権監視団(HRMMU)が報告しています。2022224日から2024831日までに男性262人、女性102人、女の子10人、男の子2人の計376件も、ロシア兵による暴力の被害が記録されています。

 紛争のニュースは毎日のように流れてきますが、性暴力被害については、メディアの扱いも足りないと感じています。「紛争下における性暴力根絶のための国際デー」の明日、おそらく英語メディアはこの問題をもっと報じるでしょう。日本でも「水曜行動」のようなアクションで、もっと関心を高めたいと思います。

 


 

2.大学での取り組み

 私は、1125日から1210日までのジェンダー暴力と闘う16日間キャンペーンの期間中に、性暴力やハラスメントに関するイベントを大学内で行っています。また、自分が担当する科目でも、半年に1回は必ず、日本軍の性奴隷制度について取り上げることにしています。10年ほど前までは「慰安婦」にされた経験をもつ女性が来日した際、ゲストとして授業で話をしていただくこともありました。


第一に、若者がアジア諸国の人たちと良好な関係を築くためには、「慰安婦」問題を学ぶことは不可欠だと思います。

第二に、義務教育段階の教科書で彼らがこの問題を学ぶことができないのは「学ぶ権利」の侵害にもあたり、社会人になるまでに一度は学んでほしいと思うからです。

そして、第三に、私が教えている国際協力や移民研究と関係がないどころか、いずれの科目ともつながっているからです。


 多くの学生が「慰安婦」問題を日本と韓国の二国間の問題だと誤解しています。したがって、フィリピンやインドネシアの例も取り上げるようにしています。フィリピンやインドネシアの大学の学生たちとオンラインで意見交換をしたりすることもあります。中国や朝鮮半島にルーツのある学生は、日本軍の性奴隷制度について、出身国でどのように学んだかを教えてくれます。こうしたやりとりを通じて、日本生まれ、日本育ちの学生は、自分たちが学んでこなかったことの問題を感じてくれます。数は少ないものの、卒業後も「希望のたね基金」に関わり続ける学生もいます。


 今年も6月に入ってから「紛争下における性暴力根絶のための国際デー」にちなんだ授業を連続して行いました。1週目には竹見智恵子さんが監督した「カタロゥガン!ロラ達に正義を!」を見せて、日本軍の性奴隷制度を取り上げました。2週目には、ネパールの紛争時の子ども兵について扱い、性暴力にも触れました。3週目の今日は、人道支援におけるジェンダー暴力への対応について取り上げました。今後も、国際デーを意識しながら、国内外の問題を自分ごととして学ぶ学生を増やしていきたいと思います。


 

<参考文献>

United Nations Press Releases

https://press.un.org/en/2025/sgsm22676.doc.htm

安保理決議1820 日本語訳

https://www.unic.or.jp/files/s_res_1820.pdf

https://ukraine.un.org/en/284398-ukraine-survivors-speak-out-about-conflict-related-sexual-violence?utm_source=chatgpt.com

https://www.unwomen.org/en/articles/facts-and-figures/facts-and-figures-women-peace-and-security

https://www.unwomen.org/en/news-stories/feature-story/2025/01/how-ukrainian-women-support-one-another-after-three-years-of-russias-full-scale-war

https://www.hrw.org/world-report/2024/country-chapters/ukraine

https://www.un.org/en/observances/end-sexual-violence-in-conflict-day