20251217日 水曜行動スピーチ
くるみざわしん

 映画「黒川の女たち」は、戦時性暴力の被害にあった女性たちが回復してゆく姿を記録している。


女性たちの御家族、子供や孫さんが、性被害を生き抜いた母親、祖母の体験を受けとめている様子も記録されている。


「開拓団遺族会」は女性達に性被害を強いた責任を認めて謝罪し、女性たちと共に真実を伝える活動を続ける。女性たちの話を聞いた教師たちは、授業で黒川の女たちのことを伝える。映画に記録されているその人たちの姿は、戦時性暴力からの回復がこんなふうに進むのだということを教えてくれる。回復していくのは被害を受けた女性たちだけではない。組織、集団、共同体が、戦時性暴力のない、そして、戦時に限らず性暴力のない組織、集団、共同体を目指して回復して言っているのがわかる。



 戦時性暴力の被害を語ることができずに亡くなった人たちが数多くいる。

いったいどれほどの回復が奪われたのだろう。

奪われたのは個人の回復だけではない。組織、集団、共同体の回復も奪われている。回復が実現されていたら、日本は大きく変わっていただろう。


この変化が起きなかった原因の一つは日本軍「慰安婦」問題に対する日本政府の態度がある。日本政府は今からでも加害の責任を認めて、謝罪する必要がある。日本軍「慰安婦」問題の被害者の尊厳を回復することで、現在、性被害にあいながら泣き寝入りを強いられている人たちの尊厳を守ることができる。性暴力のない組織、集団、共同体を目指して日本政府、日本社会が回復する道筋が立つ。日本軍「慰安婦」問題は過去ではなく、現在の問題だ。