今年は、日本と韓国が国交を樹立してから60年という節目の年にあたります。



両国間にはさまざまな課題が存在しますが、最も根本的な問題は、日本がかつて朝鮮半島を植民地支配した責任をいまだに明確に認めていないこと、そして朝鮮半島のもう一つの国家である朝鮮民主主義人民共和国との間に、依然として国交が樹立されていないことです。

これはつまり、日本が過去の植民地支配に対する責任を未だに清算できていないことを意味します。



 韓国が軍事独裁政権下にあった時代に締結された日韓基本条約を根拠に、植民地支配を合法とし、戦後補償にも応じない日本政府の姿勢は、人権の尊重を基調とする世界の趨勢に逆行するものです。条約の解釈における日本政府の主張には多くの問題があり、それを指摘することも可能ですが、本日はそれとは別の二つの視点から、日韓国交正常化60年の課題について述べたいと思います。



 まず、一つ目は、日本が、旧宗主国が植民地支配の責任と向き合い始めた世界の潮流に逆行しているという点です。


 ドイツのシュタインマイヤー大統領が「歴史的責任に終わりはない」と語ったように、過去の過ちを率直に認め、深く反省し、その教訓を未来に生かす姿勢こそが、真に成熟した文明国家の責務であるという認識が国際的に広がっています。

2001年、南アフリカのダーバンで開催された反人種差別世界会議でも、「植民地主義がもたらした苦痛は断罪され、その再発は断固として防がれねばならない」との原則が確認されました。



 近年では、イギリス、ドイツ、フランス、デンマークなどの国家が、自らの過去における重大な人権侵害を認め、謝罪し、その記憶を継承しながら和解を志向する人道的努力を進めています。

さらに「Black Lives Matter」運動は、黒人差別の告発にとどまらず、奴隷制度を支持した歴史的人物への再評価や、歴史認識の再構築を促す世界的な潮流ともなっています。



 日本もまた、日韓条約締結60年というこの節目を機に、こうした国際的潮流に学び、過去の植民地支配に対する責任と真摯に向き合うべきです。


 たとえば、日本軍「慰安婦」問題に関して、韓国の司法が日本政府に対して被害者への賠償を命じた判決に対し、日本政府は「主権免除」――つまり「国家は他国の裁判権に服さない」という国際法上の慣習――を根拠に、国際法違反であると批判しました。しかし近年では、重大な人権侵害に関しては主権免除が適用されないというケースが増えてきています。

主権免除を盾に責任を回避する姿勢は、道義的に見ても恥ずべきことではないでしょうか。



 また、朝鮮民主主義人民共和国との国交正常化も、拉致問題の解決を唯一の目的とするのではなく、何よりも植民地支配の過去を清算する一環として、早急に進めるべき課題です。


 もう一点は、韓国の民主化を踏まえ、60年前の軍事独裁政権下で締結された日韓条約の意味を、いま一度問い直す必要があるということです。



  昨年12月に「非常戒厳」を宣言した韓国の尹錫悦大統領に対する弾劾裁判で、今月4日、韓国の憲法裁判所は国会による弾劾決議を妥当とする判断を下しました。これにより、6月3日には大統領選挙が実施される見込みです。野党の李在明氏が有力候補と見られているため、日本のメディアでは「再び“反日”の大統領が誕生するのではないか」と懸念する報道も少なくありません。しかし、こうした見方は韓国の民主化の意味を正しく理解していないことに起因しており、私はその認識が誤っていると考えています。



 韓国では、過去の清算が民主化の一環として進められてきました。


政府による重大な人権侵害の真相を究明し、被害者の名誉を回復する取り組みが行われてきたのです。つまり、韓国は日本に対してのみ過去の責任を問うているのではなく、自国の過去とも真摯に向き合ってきました。


民主化運動に関わった人々は、「共産主義者」や「北のスパイ」といったレッテルを貼られて弾圧され、彼らの家族もまた「アカの家族」として沈黙を強いられてきました。だからこそ、韓国政府が同じ過ちを繰り返さないようにするために、過去の人権侵害について、真相の究明と被害者やその家族の名誉回復を韓国の民主化運動は求めてきました。



 また、韓国の民主化は、女性の人権意識の向上にも大きく貢献しました。文在寅政権で性犯罪対策委員長を務めた権仁淑さんは、1980年代に労働運動に参加して逮捕され、警察で性的拷問を受けました。釈放後、彼女は自身に拷問を加えた警官を告発し、韓国社会に大きな衝撃を与えました。

この出来事は、韓国における女性の人権意識を高める大きな契機となったとされています。のちに権仁淑さんは大学でジェンダー研究者となりました。性暴力の被害者だった当事者が性犯罪対策の責任者となったという事実は、韓国政府が本気で性暴力根絶に取り組んでいる姿勢の表れだと言えるのではないでしょうか。



 日本軍「慰安婦」制度の被害者に対して、かつての韓国政府は日本政府と政治的妥結を図ることを優先し、被害者の名誉回復に真摯に向き合ってきたとは言えませんでした


2015年の日韓合意に際しては、「被害者を置き去りにした政治的妥結は許されない」「最後まで被害者の意思を尊重する解決を求めていく」という決意を持った多くの市民がこの合意に反対しました。合意は被害者本人の意思を確認せず、当時の安倍政権と朴槿恵政権によって政治的に進められたものでした。


その後、朴槿恵大統領が弾劾されて退陣し、文在寅大統領が誕生すると、日本政府が拠出した資金で設立された「和解・癒し財団」は解散となりました。これに対し日本では「韓国は約束を守らない」と批判する声が上がりましたが、民意や被害者の意思を無視した政治的合意こそ、真に批判されるべきではないでしょうか。



ここで、「親日」と「反日」という言葉についても考えてみたいと思います。

朝鮮半島において「親日派」とは、日本の植民地支配に協力した人々を指す歴史的な用語であり、「日本が好き」といった意味ではありません。

解放後の韓国では、抵抗した人々ではなく、支配に協力した「親日派」が要職に就きました。これは、朝鮮半島を実質的に占領したアメリカが、抵抗勢力に多かった左派が政権を握ることで社会主義国家になることを恐れたためです。こうして「親日派」はアメリカの支援を受けて独裁体制を築き、民衆を弾圧していきました。



このような経緯から、韓国における保守政権は「北」を敵視し、韓米同盟を重視し、日本との歴史認識の問題を棚上げにして日韓関係の改善を進めてきました。

一方で、歴史問題を軽視せず、「北」との融和政策を進める進歩派政権は、日本では「反日」と見なされがちです。

ヨーロッパにおいては、ナチスを批判することが現在のドイツを否定することは同じではありません。ドイツはナチスが犯した犯罪に真摯に向き合い、過去を清算してきたからです。変わるべきなのは韓国ではなく、過去を清算してこなかったと日本なのではないでしょうか。



 尹錫悦政権は、歴史認識や戦後補償の問題を棚上げにし、朝鮮民主主義人民共和国を敵視し、米国との軍事同盟を強化する政策をとってきました。日本ではその姿勢を「親日的」と評価する声もありますが、韓国の民主的プロセスや民意を尊重せず、軍事的な結びつきばかりを強化した元大統領を、日本の政府やマスコミが称賛するのは適切でしょうか。

韓国の民主化の意義を踏まえたうえで、その評価はなされるべきだと思います。


冒頭でも述べた通り、今年は日韓国交正常化から60年の節目です。

韓国のみを朝鮮半島の唯一の正当な政権と位置づけ、日本の植民地支配責任を棚上げにしたうえで、日米韓の軍事協力体制を築く契機となったのが、1965年に締結された日韓基本条約でした。



今年を、日韓条約の課題を克服するための契機にすべきではないでしょうか。


まず、日本政府は日朝国交正常化交渉を再開すべきです。

そして、これまで棚上げにされてきた植民地支配の責任を認め、強制動員や日本軍「慰安婦」制度の被害者に対する賠償を実現しなければなりません。国交正常化当時の韓国政府は軍事独裁政権でしたが、それから60年の歳月を経て、韓国は大きく民主化を遂げました。解放後の韓国では、植民地支配に協力した人々が要職を占めていたため、韓国の民主化は、日本の植民地支配という負の遺産を清算する過程でもあったと言えます。言い換えれば、韓国の民主化は日本の植民地支配に対する抵抗運動の延長線上にあります。


だからこそ、韓国が民主化された今、日本が過去の植民地支配を真摯に清算しなければ、日韓両政府の対話は噛み合いません。


私たち日本の市民は、民主化された韓国の政府と真に対話ができる日本の政府を築いていく必要があります。平和で人権が尊重される東アジアを、韓国の市民とともに創りあげていきましょう。