差別は去れ、平和よ来たれ!

 

私は植民地支配と戦争、軍事独裁、貧困と飢餓、孤独、非難、そして廃墟の中で、恥じながら生きてきた。私は毎日、ニュースを通じて戦争や死、性暴力、ヘイトや差別について見聞きしている。そして今、私はその戦争に巻き込まれようとしている。これ以上私の立場から、一人の子どもの平和と命、そして希望という価値が、私たちすべてが力を合わせるべき価値であると語ることができない。


 

私は、歴史の痛みが、浅はかな分断の思惑によって踏みにじられるのを目の当たりにした。もはや、私の立場から、普遍的な人権と被害者の権利のために血を流した、苦難に満ちながらも尊厳ある歴史への敬意を語ることができない。


 

私は、女性や老人、子どもたちに対する戦争の容赦ない憎悪と敵意を目の当たりにしている。もはや、今の私たちの社会が、すべての市民が人間らしく暮らすというごく当たり前の権利を保障している社会だとは語れなくなった。

 


私は2015年の日韓「慰安婦」合意以降、初めての街頭で市民に向けて声を上げたが、答えのない私の問いかけを前に、彼らがどのような表情を浮かべるのか分からなかった。もはや私は、自分の立場から、女性たちの安寧について、平穏な日常のような期待を込めて語ることはできない。


 

私は、韓日両国の外相が、生まれながらに持つ人間の権利を「合意」という名のもとにあっさりと持ち去っていくのを見た。国家間の合意という名のもとに強行されるならば、私はそれを、自分の居場所においていかなる暴力も敢えて侵すことのできない、絶対的な自由と批判的議論の場だとは言えない。


 

私は、アジア太平洋地域の少女や女性たちが日本軍「慰安婦」として、戦利品のように蹂躙され、命を落としたとしても、どのような銃口や性暴力、残忍な拷問や虐待が彼女たちを死へと追いやったのかを知らない。もはや私は、水曜デモで出会った若者たちに、この国で女性として生きるということは生涯、何の心配もなく暮らせるのだから、心配せずに無事に家にお帰りと励ますことはできない。


 

私は、破滅的なスピードで進行する昨今の世界各地で横行する戦時性暴力に対し、「今さら私ごときが」という無関心の日常に埋没している。私が息づく朝鮮半島と北東アジアは、日本軍「性奴隷」や強制動員、強制労働、関東大震災、原爆被害者、在日朝鮮学校の弾圧、在日同胞への差別、日本の再軍備による米日軍事同盟が朝鮮半島への再侵略へとつながるという、平和的かつ人間的な関心によって支えられているため、虚しく崩壊することはないだろうと語ることはできない。


 

私は毎日、数え切れないほどの妄言や嘘、ヘイト、差別を耳にする。過ちを犯しても反省するどころか、戦争犯罪を悔い改めない日本帝国主義の戦犯の子孫たちの妄言や、神社参拝といった陳腐な言い訳だけが、空中に散っていく。これ以上私は、戦場でも、街頭でも、過ちを犯したら謝罪し、二度とそのことを繰り返さないよう誓うことが、二度と過ちを犯さないという約束の第一歩であるということを、語ることができない。


 

私は毎日、日本軍による性奴隷制の被害者たちが望んでいた完全な真相究明と謝罪、賠償が、徐々に崩れ去っていくのを目の当たりにしている。もはや私は、自分の立場から「私が被害者だ」と叫ぶことが、人類の半数を占める女性たちの主体的な人権規範を守ることであると同時に、平和な共同体を維持するための近道だと語ることができない。

 


私は毎日、植民地時代の遺物を目の当たりにしている。戦争犯罪国家を擁護する言葉は、むしろアルゼンチンやフィリピン、ドイツのベルリン、ニュージーランドなど、世界各地にある「平和の少女像」を撤去しようと執拗に主張している。

 


私はあなたと共に、ウガンダで、コソボで、ベトナムで、ガザ地区で、ペルシャ湾で、済州島の沖合で、DMZ(非武装地帯)で、人類が平和のために共に生きる知恵を見つけたい。私はあなたと共に、再び戦争のない世界、国境地帯で実弾射撃のない世界、他国に世界最大の米軍基地がない世界、日本の再軍備を許さない世界を迎えたい。

 


ある作家は「あなたが亡くなった後、葬儀を執り行うことができず、私の人生そのものが葬儀になってしまった」と記した。

 


金福童(キム・ボクトン)、吉元玉(キル・ウォノク)、金学順(キム・ハクスン)、ヤン・ラフ・オハーン、朴永心(パク・ヨンシム)、マリア・ロサ・ヘンソン、姜徳景(カン・ドッキョン)、アリシア・プレゴ(Alicia Prego)、チェン・リエンチュン(陳連村)、宋神道(ソン・シンド)生き残った者たちの微かな希望を、彼らの名とともに、極小の文字で書き留めておく。

 


私は反省している。自分の立場において、街頭活動家として、私にも大きな責任がある。

 


私はあなたとともに、再び戦時性暴力のない人類、日本帝国主義による性奴隷制度の事実認定、真相究明、法的賠償、責任者の処罰、歴史教科書への記載、そして未来世代への教育を行う道を築きたい。私はあなたとともに、私たちが長い間生き延びてきたという事実を記録し、記憶し、学ぶことができる素晴らしい記念館を作りたい。

 


私たちは、あらゆる戦争を終わらせることに怠りなく取り組み、隣人の生活の場を廃墟とし、生命の芽吹きを踏みつぶしたあの戦争犯罪者たちを起訴し、その過ちを糾弾することに躊躇しない。廃墟の中で恥じ入ることなく、戦争の廃墟の中で、友人や家族、隣人の遺体を抱きしめて絶叫しながらも、生きることを諦めずに闘っている私たちの隣人たちと手を携えることをあきらめない。希望を掴んで生きる人間らしさを、人生の中で取り戻すために努力する。

 


私が被害者だ。私が金福童だ。私についておいで


 

戦争で性暴力を受け、人生が踏みにじられている人々のそばに、私たちはともに立つ。少数民族だから、思想が違うから、性別が違うから、在日朝鮮人だから、人種が違うから、出身地が違うから、性的指向が違うから、宗教が違うからという理由で差別され、人間として享受すべき自由が踏みにじられることが、私たちのすぐそばで起きないよう、私たちは立ち上がる。



日本軍性奴隷制問題を解決せよと、一言も口にしない各国の大統領や政治家を糾弾し、彼らに口を開かせるために、私たちは世界中からより多くの仲間を呼び集め、手を取り合って包囲するだろう。

 


私たちは、私たちの隣で被害を受け、傷ついた人々の癒やしと人権回復のために、最後まで闘い続ける。


 

差別は去れ、平和よ来たれ!

 


2026.6.3.

金福童の希望、金福童100歳記念事業推進委員会、金福童平和文化祭および第1755回日本軍性奴隷制問題解決のための水曜デモ参加者一同 



(訳 方清子)