全国行動は2017年1月14、15の両日、東京で全国会議を開きました。これに韓国から参加した、韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)尹美香常任代表が以下のような韓国状況報告をしました。非公開会議での発言ですが、韓国の状況がよく分かるものなので、本人の許可を得て公表することにしました。


「日韓日本軍「慰安婦」合意無効と正義の解決のための全国行動」の結成

韓国の状況は非常に複雑です。一昨年の12月28日の「日韓合意」以降、日本軍「慰安婦」問題を取り巻く様相が変わってきています。「日韓合意」以前は、この問題が主に女性運動として展開されていましたが、それ以降は韓国の全体的な市民運動の領域に広がっています。その背景として、以前は「慰安婦」問題が国際的な人権問題として取り組まれていたのに対して、「合意」後は、「慰安婦」問題が持つ普遍的な問題に加えて、これが「韓半島の平和問題と密接に関連している問題なのだ」という認識が広まっているからです。例えば、合意直後に駐韓米軍司令官は「米軍の軍事介入が容易になる」と激賛し、また米国防長官も議会で「日米韓の三国同盟強化に重要な契機となった」と評価したという報道が流れました。これを世論がどう受け止めたかと言うと、「日本軍『慰安婦』問題が日米韓三国同盟の足かせになっていたのだ、その足かせを取り除くために被害者の要求も、国際社会の要求も盛り込まれていない「合意」が締結されたのだ」と、つまり「アメリカの圧力によってなされたものだ」という認識が広く共有されたのです。
そこで、「この合意は無効だ、正義の解決を実現しなければならない」として、民主労総や韓国労組、参与連帯、韓国女性団体連合などの市民団体、労働団体、女性団体、平和運動団体、統一運動団体など、あらゆる団体が集まって(韓国で)「全国行動」が結成されました。正直に言うと、このような団体を作ろうと提案された時、私はすぐに返答することができませんでした。「慰安婦」問題に取り組む新たな団体を作ることは厳しい、なぜなら、その実務は「挺対協」が負うことになるだろうし、だからと言って「全国行動」から抜けるわけにもいかない、そこで提案を受け入れるかどうか実は随分悩みましたが、結局は受け入れることにしました。
もう1つは、例えば「合意無効・正義の解決ソウル行動」「大田行動」「京畿行動」といった連帯団体が各地につくられています。



釜山総領事館前の「平和の少女像」

少女像はこれまでに54基が設置されました。その他に「正義の碑」や「誓いの碑」という名称の碑が4基あります。海外にも、オーストラリアのシドニーに少女像が設置されました。中国の上海に建てられたこともご存知だと思います。米国ワシントンDCでも少女像の設置が進められています。このような少女像の設置は、挺対協とは関わりなく進められています。ソウルに造成された「記憶の場」(南山)も、ソウル市と女性団体が協力して実現したものです。
今話題になっている釜山の日本領事館前の少女像も、挺対協はあえて距離をおいていました。日本では、何でもかんでも挺対協がやったと、地方の主体的な活動を無視した報道がなされているので、挺対協が少しでも支援をしたり関わったりすると、地方の運動が打撃を受ける可能性もあるので、あえて距離をおいていました。

釜山の少女像は「未来世代がつくる(平和の)少女像」として、大学生たちが主体となって建てられました。そして、女性団体や市民団体がサポーターとなって支援しました。実際、12月27日時点でもまだ、釜山からの連絡では、釜山市民も領事館前に少女像が建てられるか分からない、確信が持てないということでした。そして「12月31日に除幕式をするので来て欲しい」と言われたのですが、建つかどうか分からないのに、私が行くことに意味があるんですか、と答え、実は行かないつもりでいました。

ところが、結局、釜山の領事館前に少女像は設置されました。これに最大の貢献をしたのは、実は、在釜山日本総領事の公文 だったのです。領事が釜山市東区庁長宛に、少女像を建てることを「受け入れられない」「(少女像が設置されたら)日本人の韓国訪問客数にも悪影響があるだろう、特に東区が受ける影響は大きいと憂慮される」といった内容の公文を出したことが知られてしまったのです。これに対して世論は、「わたしたちはまだ植民地なのか!?」「釜山に少女像を建てるのに、なぜ日本の領事が建てろとか建てるなとか、韓国の行政に圧力を加えるのか!?」「釜山の区庁は日本の植民地機関なのか!?」といった批判が巻き起こり、『朝鮮日報』のような保守系新聞まで批判記事を載せたほどでした。
そのような中で、12月28日に碑が設置されましたが、すぐに撤去されました。しかし撤去後、釜山東区庁は仕事が全くできない状態になったそうです。全国各地から電話がかかってきて、中には海外からの電話もあったそうです。その中で一番つらい思いをしたのはその東区庁の公務員たちでした。少女像をトラックに載せて、ゴミ置き場のようなところに置く、そういうことをした公務員たちが「子どもに顔向けできない」と、市民たちに言ったそうです。その責任者である安全局長は区庁長に「死にたい」「これ以上耐えられない」と訴えたそうです。結局、区庁長は市民と会った場所で「建ててもいい、撤去はしない」と約束しました。その後、韓国外交部も、日本政府も、少女像の撤去が10億円の条件だったかのように言って(撤去するように)圧力を加えているので、東区庁長は「そんなに撤去したいなら外交部がやれ、自分には撤去できない」と先頭に立って、闘志になって頑張っています。この区庁長はセヌリ党(与党)です。
もう一つの変化として、ソウル市議会と原州市議会が少女像を市の造形物として登録しました。そこで、全国各地の少女像も同様に、地方自治体が管理し運営する歴史的な記念物に指定させるための手続きを開始しています。
次に、「ろうそくデモ」は皆さん、よくご存じだと思いますが、次の大統領選に出る候補者たちが大部分、自分が大統領になったら日韓合意は破棄すると言っています。与党のセヌリ党から脱退した人たちが新たに結成した「正しい政党」という保守新党ですら、「この合意は間違っている、再交渉すべきだ」と主張しています。

「合意」に関わる訴訟4件

被害者たちの状況については、生存者数が39人となっていましたが、1人の新たな申告があり現在40人となっています。
「合意」後、被害者が韓国政府や日本政府を相手に起こした訴訟があります。弁護士たちが起こした訴訟まで加えると現在、4件の訴訟が起こされています。その1つは、憲法裁判所に出した違憲訴訟です。「合意」は違憲だとする訴訟です。
2つ目は韓国政府を相手にした民事訴訟ですが、これは、韓国憲法裁判所の決定(2011年8月11日決定)が法的手続きを通してこの問題を解決するよう求めたにもかかわらず、日本政府が法的責任を認めていない状態で「最終的・不可逆的解決」を宣言してしまった、これによって被害者たちは精神的・物質的損害を被ったとして訴えたのですが、12月2日に、この裁判の最初の弁論が開かれました。この第1回弁論で、裁判所が韓国政府に非常に重要な要求をしたのです。それは、「合意」について「外交的な修辞ではなく法的にどのような意味があるのか具体的に説明せよ」というものでした。「当時の合意が国家間の条約ならば効力が問題になるが、当時、国会批准など条約の手続きを経たものではないようだ。そういうものでないならば、政府代表者間の約束なのか、もしくは外交協定なのか、精巧に、詳しく明らかにするように」と述べたのです。(合意の)法的な性格について争われることになれば、非常に面白い裁判になるのではないかと思います。
次に、昨年12月28日には、被害者と遺族が日本政府を相手に、韓国の裁判所で提訴しました。この裁判の原告には、(日本政府の)10億円から配られた1億ウォン(約1,000万円)を受け取った被害者も含まれています。なぜなら、そのお金が賠償ではないことをハルモニ(被害者)自身がよく知っているからです。この裁判についてはまだ弁論が開かれていません。
もう1つは「民主社会のための弁護士の会(略称:民弁)」が起こした裁判です。この裁判では数日前、非常に重要な判決が出されました。民弁の訴訟は、「合意」に至る交渉過程を全て公開せよという情報公開訴訟でした。これに対して裁判所は、「日本軍『慰安婦』被害者問題は被害者個人にとっては決して消すことのできない人間の尊厳性の侵害であると同時に、大韓民国の国民としては日本軍『慰安婦』被害者に対して債務意識あるいは責任感を持っている歴史的、社会的に非常に重大な事案である。従って大韓民国の国民は2015年12月28日の『日韓合意』がどのような過程で結ばれたのかを知る必要性が高い」として、公開を命じる判決を出しました。

正義記憶財団

最後に重要な報告をおこないます。「正義記憶財団」に関するものです。
2月に挺対協の総会を開催します。わたしはこれまで「常任代表」でしたが、総会後には「共同代表」となり、「正義記憶財団」の「常任理事」になります。つまり、本格的に「正義記憶財団」の仕事をするということです。
この財団は、「合意を無効化し、正義の解決を市民の力でつくって行こう」「韓国政府は終わったと言っているが市民は続けていく」という意思を掲げて活動を開始しました。未だに真実も明らかになっていない問題を「終わった」ということは暴力だ、という認識から出発して、今後「正義記憶財団」は「真相究明」、また韓国でこれからおこなわれる国定化教育(国定教科書による教育)に対抗する歴史教育をおこなっていきます。そして最も重要なことですが、被害者たちを、政府の談合の取引材料としてではなく、真の癒やしと、真の人権回復ができるよう最後まで見守るという趣旨が込められています。さらに、「和解・癒やし財団」は「お金が必要なハルモニ」「病気治療をしなければならないのにお金がないハルモニ」「息子のために家を建ててあげたいからお金が必要なハルモニ」という形でしかハルモニたちを表現しませんが、「未来世代のための支援と連帯、戦時性暴力被害者たちへの支援と連帯をしてきた方たち」としてきちんと位置づける活動をおこなうという趣旨が、「正義記憶財団」には込められています。また、「日韓合意」から排除されたアジアの被害者たちも、「正義記憶財団」で支援していこうと決めました。
11月25日の国際女性デーに、財団が初めて行なった事業が奨学金事業でした。その対象者として2名を選びました。1つはソーシャルビジネスを行う「マリーモンド」社と共に行う「ピースガードナー奨学金」事業で、今後ハルモニたちのために、平和を守るために、「ピースガードナー」として活動して行こうとする若者に支給する奨学金です。もう1つは、被害者の遺族に出す奨学金です。皆さん、文必琪(ムン・ピルギ)ハルモニを覚えていますか? ハルモニは孫を育てていたのですが、その息子、ですからハルモニの曾孫が中学を卒業して、この春から高校に通います。その子に高校生活3年間、奨学金を出すことにしました。これが「金学順(キム・ハクスン)奨学金」です。もう一つ、日本の青少年交流支援事業も行うことにしました。日本の若者で韓国社会や韓国のNGOについて関心のある若者がいたら、韓国で勉強しながら活動もできるインターン費用を財団が支給する考えです。このような事業は、日本の活動家のみなさんの協力が必要です。
現在まで財団には100万人以上の人が参加し、12億ウォン(約1億2000万円)が集まっています。これには韓国の俳優たちのファンクラブの人たちもたくさん参加しています。中学生、高校生、市民など多様な層が参加しています。
最近、安倍首相の側近が10億円問題について「まるで振り込め詐欺だ」と発言したということが韓国でも報じられました。つまり、10億円拠出したのに、(ソウルの)大使館前の「平和の碑」を撤去しないばかりか、釜山にもう1つ少女像を建てたということで詐欺だと言うわけです。この発言が報じられるとすぐに、第1野党である「共に民主党」の禹相虎(ウ・サンホ)院内代表が「韓国政府の予備費から日本へ10億円を返す。そして自分たちでハルモニたちを支援していこう」と発言しました。もう1つ、JTBCというケーブルテレビの放送局に、ある市民が「日本に10億円を返そう。JTBCで募金をして欲しい」と言って1,945万ウォンを送ってくるということがありました。このように、韓国では非常に複雑にいろいろなことが起きています。実は、挺対協のスタッフも、朝起きると、また違った状況がニュースで飛び込んでくるので、目が回るというのが正直なところです。
しかし、重要な事は、正義記憶財団の活動を通して改めて夢をつくり出すことだと思っています。「日韓合意」前には、ハルモニたちがつくった美しい世界観、「わたしたちも戦争の被害者だけど、私のような被害者を再び出してはならない」という美しいメッセージが今、どこかに消えて見えなくなっている気がします。ですから、正義記憶財団の活動を通して、あのハルモニたちのメッセージを生き返らせたいと思っています。このようなハルモニたちのメッセージが実現されるためには、責任が明確にされて、未来世代に同じようなことが起きないような教育がなされ、被害者の名誉回復措置、人権回復措置がなされなければならない、そういう雰囲気をつくって行きたいと思っています。一つ峠を越えて、「日韓合意」に対する怒りを越えて、新たな解決の道に進んでいくこと、これを正義記憶財団の活動を通して実現したいと思っています。

質問 10億円の返還といった主張が出ているようだが、今後の見通しはどうか。

今、韓国の政界の雰囲気を見ると、(日韓合意の)再交渉をするためには破棄するしかない、という主張が政界に定着しているので、10億円の返還について、おそらく政界で本格的に議論するのではないかと思います。そうなれば「和解・癒やし財団」も間違いなく解散になるでしょう。それは、私たちが解散を要求する以前に、大統領選への立候補を準備している人たちが公言している状況です。
 幸いにも、「和解・癒やし財団」がハルモニたちに1億ウォン(約1,000万円)ずつ支給したと発表しても、(ハルモニたちに対する)韓国世論は悪化していません。私たちが何を心配していたかと言うと、もしや受け取ったハルモニたちに対して韓国世論が悪化したりしないだろうか、「被害者たちがあの汚いお金を受け取った」とか、そういう認識が出るかもしれないと非常に心配していたのですが、(そういうことは)一切ありません。なぜかと言うと、お金を支給するにあたって「和解・癒やし財団」の理事長がとった行動とか、外交部がハルモニたちにどういう形で接触したのかとか、そういったことがメディアで毎日のように暴露されてしまったからです。ですから、「悪いのは韓国政府だ」と世論は考えています。日本政府は賠償ではないと言っているのに、病気のハルモニや年老いて寝たきりのハルモニ、またはその家族たちに会って、これは賠償だ、日本政府が謝罪をして賠償したのだと嘘をついて支給をしたとか、拒否しているハルモニに会って、例えば水原に暮らす安点順ハルモニに会って、どういう嘘を言ったかというと、「これが始まりだ、このお金を受け取って、お金を使って恨(ハン)を解いて、その後で謝罪を要求すればいい」そんな風に嘘をついたということが、ハルモニたち自身が知らせて来ることで暴露されてしまうわけです。ですから、そのような過程を、報道を通して見守ってきた市民の間で「政府が悪い」「和解・癒やし財団が悪い」「これは和解と癒やしではなく暴力だ」、こういう認識が出来上がっていたので、むしろ被害者たちを保護しなければならないという声が挺対協にも伝えられて来ています。
 こういう過程を見て来たので、「正義記憶財団」の理事会でも、「1億ウォンを拒否したハルモニたちは本当にすごい、1時間も2時間もこんな風に懐柔されたのに、よく拒否することができたものだ、私たちでも根負けしたのではないか、このハルモニたちに何か賞を出すことはできないだろうか」という意見が出ました。私は、この意見には賛成できませんでした。なぜかと言うと、拒否したハルモニたちを表彰したら、受け取ったハルモニたちに何か問題があるかのように、相対的にそのように見られる可能性があるからです。一番良い方法は、政府が10億円を返還して、そうすればハルモニたちがもらったお金は韓国政府が支援したお金になりますし、受け取らなかったハルモニたちには韓国政府が同額を支援する、そうすれば、「安倍さん、そちらは好きにしなさい、我々は我々の道を行く」という雰囲気も作ることができるのではないか、私たち挺対協ではそのように考えています。