5月27日18時30分、JR新長田駅前にて、208回目の神戸水曜デモを開催しました。
2か月ぶりのホームグラウンドでの開催です。7人の仲間と共に、日本軍「慰安婦」問題の解決を訴えました。
いつものように、Fさんによる「水曜デモの歌」から始まりました。
続くDさんからのアピールは、辺野古での抗議船転覆事故に際して文部科学省が教育基本法違反としたことに対して、抗議を示すアピールを行いました。
事故については私たちのような市民活動に関わっている人にも無関係ではありませんし、若い高校生の命が失われたということに対して責任が問われるべきだと思っていますが、だからと言って平和教育が「政治的中立性に反している」とされるのは明らかに違います。
文科省の狙いは、平和教育をなきものにしてしまおうということに他なりません。
日本軍「慰安婦」問題も学校で教えられことがほとんどなくなりました。
教える教師は「政治的中立性に反している」とバッシングされます。
大阪の中学校で日本軍「慰安婦」問題を授業で取り上げる平井美津子さんも、2018年に吉村知事(当時)や大阪府議会の維新・自民の議員からクビにせよを言わんばかりの大バッシングを受けました。しかし日本軍「慰安婦」を教えるということは、歴史の事実を教えるということであって、「政治的中立性」は関係ありません。
同じように、平和教育にも「政治的中立性」などありません。あるのは(それを実現する方法は人それぞれ違いはあったとしても)平和が何物にも代えがたいという絶対的な価値観です。
Dさんのアピール原稿はnoteにアップしていますので、ぜひともお読みください。
https://note.com/redress814/n/n64b088a8e402
Mさんからは、この日国家情報局設置法案が成立したことを受けて、日本が戦争できる国へ邁進していることに警鐘を鳴らしました。
米中首脳会談で習近平主席は「高市首相が進める防衛力強化は新型軍国主義だ」といい、木原防衛庁長官は「専守防衛だ」と反論しましたが、敵基地攻撃能力と称して北京に到達するミサイルを配備し、毎日のように軍事演習している日本は明らかに専守防衛の枠組みから外れています。軍国主義の復活と言われても仕方がありません。
昨年11月に高市首相は「台湾有事は日本の存立危機事態」と言いました。これは中国と台湾との間に紛争が起こったら日本は参戦すると表明したに等しく、いまだに撤回もされていません。国家情報局を設置し、これからスパイ防止法と国旗損壊罪を実現しようとしています。そして辺野古の事故に対して文科省は「教育基本法違反」とし、平和教育を否定しようとしています。昨年2月には陸上自衛隊と葬儀組合とが協定を結び、すでに戦死者を想定していることが明らかになりました。安保3文書の改定では、長期戦に備えて継戦能力の確保を求めています。
高市首相は着々と戦争の準備を進めています。私たちの力を合わせて、軍国主義復活を食い止めましょう。
Kさんから、高市首相と李在明大統領との友好的な会談に対して、このように批判をしました。
「韓国の大統領は大人としての対応をしているのだから、高市首相も大人として、日本軍「慰安婦」被害者や強制連行被害者に対してきちんと謝罪したらどうなのか。それがあってのパートナーシップではないか」と。
そして日中関係についても「高市首相が台湾有事は日本の存立危機事態と発言したことに対して、中国の習近平主席はかんかんに怒っているらしい。それも当然。日中関係が滞っていれば、産業界も困るし、私たち市民も困る。安倍首相ですら、首相在任中は「戦略的互恵関係」と発言し、外交関係が悪くならないように配慮してきた。高市首相は一刻も早く発言を撤回して、日中平和友好条約に則り友好関係を再築すべきだ」と訴えました。
Fさんの歌によるアピールは、このところ定番の沢田研二「危険なふたり」の替歌「危険な日本」と、RCサクセション の「明日なき世界」でした。
「明日なき世界」は元々バリー・マクガイヤが作った反戦歌で、日本では高石友也がカバーしましたが、Fさんの世代には圧倒的に忌野清志郎の歌です。
トランプが法を無視してイランやベネズエラに戦争を仕掛け、ウクライナ戦争も4年以上たつというのに収束の兆しが見えず、そしてネタニヤフは毎日パレスチナの人々を無差別に殺し続けている。日本では日本軍「慰安婦」問題も強制連行被害も教えられることはなく、平和教育さえ偏向教育とレッテルを貼られる時代。
お前は殺しのできる齢 でも選挙権もまだ持たされちゃいねえ
鉄砲担いで得意になって これじゃ世界中が死人の山さ
いまこの歌詞が、とても現実味を帯びて感じられてなりません。
最後に「パウィチョロン(岩のように)」を元気よく踊って、5月の神戸水曜デモを終えました。
6月の神戸水曜デモは第4水曜日、6月24日(水)です。
神戸市内のどこかでまた、お会いしましょう。
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