今年もまた8・14日本軍「慰安婦」メモリアル・デーがやってきました。28年前の今日、金学順(キムハクスン)さんの勇気ある名のり出は、女性の人権回復への道に一筋の灯りをともしました。

理不尽な暴力の下で人生を奪われ、苦痛の中で生きてこられた金学順さんが名乗り出を決意したとき、「私はこのことのために今日まで生きてきた」と語っています。この言葉の先にあるのは、二度と誰にも同じ苦しみを背負わせない、そのためにこれからの人生をかけて闘うという強い意志だったのではないでしょうか。アジア各国で多くの被害者がこの時を待っていたかのように後に続き、日本政府を告発しました。しかし、その後も日本政府からの被害者一人ひとりへの謝罪や賠償はなく、それぞれの国での差別と偏見、無関心が被害者たちを一層苦しめました。

水曜デモでマイクを握った金学順さんが「娘たちよ、しっかりしなさい!」と声を張りあげて訴えたのは、「これはあなたたち自身の問題なのだ」という心からの叫びであり、それは時代と国境を越えて私たちに向けられた言葉だったのだと、今あらためて痛感します。

金学順さんの名のり出とともにソウルの日本大使館前で始まった水曜デモは、今日2019年8月14日、1400回目を迎えます。サバイバーたちが生涯をかけて女性の人権、性暴力のない社会の実現を訴え続けてこられたことに、いま世界中で共感が広がり、その記憶を次世代に引き継ぐための様々な努力が積み重ねられています。

ところが、最も歴史から学ぶべき当事者であり、加害国である日本では歴史を否定し、教科書から削除し、被害者の存在すらなかったことにしようとする動きが激しくなっています。日本政府は、被害国を含め各国に建てられた「平和の少女像」や「メモリアル碑」に対して国家予算を投入し、外務省や大使館を通じて非難、妨害、撤去させる行為を繰り返してきました。

8月3日、あいちトリエンナーレ2019の企画展「表現の不自由展・その後」が中止に追い込まれましたが、その背景もまた同じ流れであると言えるでしょう。補助金交付の再検討を持ち出して圧力をかけた官房長官、「平和の少女像」について、根拠も示さず「日本人の心を踏みにじる」「反日の像」「完全なデマ」「日本人をさげすみ、おとしいれる」などと平然と被害者を侮辱し、ヘイト・スピーチを繰り返した河村名古屋市長および松井大阪市長と吉村大阪知事ら政治家たち。それに追従して脅迫で展示を中止に追い込んだ右派市民。

政権の意向から外れる言動や自由な表現活動は認めないとする姿勢は、かつて戦争へと突き進んだ時代のことを思い起こさせ、深い危惧の念を抱きます。

女性の権利や人権を否定し、支配下に置こうとする人々の下劣さを許すことはできません。倒錯した被害者意識をあおる動きに危機感を持ち、声をあげる市民らの動きも確実に拡がっています。戦時性暴力の根絶と女性の人権確立は国際社会の共通の目標です。私たちは世界の仲間と連帯し、「戦争のない平和な社会」の実現のために努力を続けていきます。



2019年8月14日

日本軍「慰安婦」問題解決全国行動

共同代表 梁澄子 柴洋子


81日に開幕した「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」がわずか3日で中止されることが発表されました。
「平和の少女像」の撤去を求める抗議電話やメール、河村たかし名古屋市長ら政治家たちの検閲発言、補助金交付差し止めを示唆した菅官房長官の圧力発言、そして「ガソリン携行缶を持ってお邪魔する」といった脅迫文に屈してこのような決定をしたことは、結局、この日本社会が「表現の不自由」な状況に陥っていることを世界に示す結果しかもたらしません。また、政治家の検閲や圧力に屈すること、犯罪的な脅迫文に屈することは、今後に累を及ぼす判断と言わざるをえません。これらを助長させないためには、犯罪に対しては取り締まり、検閲に対してははねのける、毅然とした対応を取る以外に方法はないと考えます。中止は最悪の選択です。

私たちは、このような決定を行った「あいちトリエンナーレ2019」実行委員会会長の大村秀章知事及び津田大介芸術監督に対し、直ちにこの決定を撤回し、表現の自由とこの社会の民主主義を問う、本来素晴らしい趣旨の同展示を即刻再開させるよう求めます。