2004年12月、東京、京都、大阪、広島、福岡、沖縄など、全国10カ所で「12・4全国同時証言集会」が開催されました。「ナヌムの家」を訪問したり、韓国平和キャンプに参加した青年・学生らを中心に夏頃から各地で実行委員会が立ち上がりました。この時期、国民基金による運動の行き詰まり、歴史否定の激しいバックラッシュの中で解決の糸口がつかめないまま、「慰安婦」問題は急速に「過去の問題」になりつつありました。そんな中、若者たちが行動を起こしたのです。

 同時開催のため、韓国を中心に台湾やフィリピンから被害者が一斉に来日、各地で証言をして下さいました。大阪実行委員会立ち上げに際して私も若者に交じってともに学習し、議論を重ねながら集会準備をしました。大阪の証言集会に来てくださったのは吉元玉ハルモニでした。封印していた過去の記憶を若者たちを前にさらけだし、あふれる涙で語ってくれた時の衝撃。終了後の交流会ではサプライズでお誕生日を迎えたハルモニをケーキやプレゼントでお祝いしました。ハルモニがプレゼントの毛糸の帽子と手袋をつけて飛び切りの笑顔を見せてくださったことは今も大切な思い出です。

 冒頭で、前田朗・東京造形大学教授が、国際人権機関の仕組み及び人権条約委員会内での審査過程を説明しました。

 続いて、渡辺美奈・日本軍「慰安婦」問題解決全国行動共同代表が「国連女性差別撤廃委員会は何をなぜ勧告したのか」について述べました。渡辺代表は、国連女性差別撤廃委員会が日本政府に対して行った「慰安婦」問題をめぐる勧告内容を時系列で説明し、日本政府は「性奴隷」や「強制連行」を削除させたというが、そもそも委員会ではこれらの言葉を使ってこなかったことを明らかにしました。そして、今回の女性差別撤廃委員会は、「被害者中心アプローチを採用していない」と日韓「合意」の評価まで踏み込み、他国の被害者に対しても国際人権法上の日本の責務を果たしておらず、被害者への十分な救済がなされないなかでは現在進行形の人権侵害であると明確に指摘したこと、そして被害者の真実・正義・被害回復の権利を保障するよう強く求めたことなど、委員会の所見のポイントを紹介しました。

2014年6月2日、第12回アジア連帯会議は8カ国の被害者と支援者の総意を込めて、「日本政府への提言~日本軍『慰安婦』問題解決のために」を採択、政府に提出しました。その際、日本政府が認めるべき事実の根拠資料53点と、河野談話発表後に政府が資料調査を推進しない中、民間の努力で発掘した資料529点を共に提出しました。
 これら「提言」と資料は陳情として内閣官房副長官補室に保管されていましたが、2016年3月末日をもって保管期間が終了するとの知らせを受け、3月31日、資料の返還を受けました。
 これらの資料に裏打ちされた「提言」を日本政府が受け入れて、具体的で誠意のこもった事実認定をすることが、日本軍「慰安婦」問題を解決する上で非常に重要なポイントだと、この間、私たちは政府に伝えてきましたが、2015年12月28日の政府間「合意」のような形になったことに抗議し、今後、政府が誠意をもって資料調査をおこなうこと、また、すでに発見されている資料を政府資料として収集することを、強く要請しました。