日本軍「慰安婦」問題解決全国行動は、815日(土)に上智大学で、清末愛砂さん(室蘭工業大学大学院教授)をお招きして、戦火のやまない今日、日本軍「慰安婦」サバイバーたちを記憶する意義について共に考える集会を開催した。上智大学グローバル.コンサーン研究所と共催。





清末さんは、「RAWAの女性たちと連帯して、戦争と性暴力、家父長制と闘おう!」と呼びかけた。教室を満たした180人の参加者、そしてオンライン視聴者は、その熱い提案を受け取った。






RAWAに学んだ3つのこと

 RAWA(アフガニスタン女性革命協会)が1970年代から告発してきたのは、家父長的社会規範による人権侵害であり、自分たちを振り回してきた外国勢力やイスラム主義諸勢力であった。諸要因の交差により重層的な構造が出来上がり、暴力は複雑化したが、女性たちは知や徳を駆使して多様な方法で反撃し、学校と児童養護施設を運営してきた。アフガンの女性たちは、私たちに「ともに闘う勇気」を求めている。


 二つ目の学びは、支援する-されるという関係ではなく、対等な関係性を追求しようとする営みのなかから連帯が生まれ、「信頼関係が続く限りは絶対に離さない」ということ。


三つ目は、人は生まれつき活動家なのではなく、各人がおかれている状況が人を活動に向かわせる。女性たちは抵抗の歴史を作る主体あり、日本軍「慰安婦」制度のサバイバーと重なる。



憲法学の視点から

 明治憲法の家制度は皇民化教育とともに国家の戦時体制を強化する仕組みだった。日本国憲法の先進性は非暴力的な社会を築くために不可欠な24条をもっていることにある。


24条は家制度の廃止を導くと同時に家族内での権力関係の下に行われるドメスティックバイオレンスを防止する立法を導いた。憲法には、前文「平和的生存権」と9条「平和主義」「戦争放棄」と24条「個人の尊厳と両性の本質的平等」を軸として戦争につながる芽を摘むための基本的人権の諸条項がある。しかし、そうした権利は、「国民」という規定によって、外国人や米軍政下におかれた沖縄などを適応除外としてきた。



軍事に依拠する安全保障論

 DV加害の論理と「安全保障論」には共通点がある。「安全保障論」も、国家間において軍事力で相手を凌駕することが必要だとする。日本が「自衛」の名の下に戦時体制の構築に突き進んでいる現在、国際法上最も重いジェノサイドさえ生み出してしまう<怖さ>を考える必要性がある。


 

私たちは、「自分のような被害者を二度と出さないように、戦争をなくさなければならない」という言葉を忘れてはいない。日本軍「慰安婦」制度のサバイバーの人権回復を実現するとともに、より広い視野で平和を捉え直し、性暴力やDVなどの日常的暴力を足元から根絶し、RAWAの女性たちと連帯して戦争のない世界に向かって進んでいこう。