資料  宋神道事件意見書 五十嵐正博


平成五年(ワ)第六一五二号
「在日元従軍慰安婦」謝罪・補償請求事件



    意  見  書



                                           金沢大学法学部教授 五



東京地方裁判所民事第一六部 御中




                  略  歴
氏名:五十嵐正博
生年月日:1949年1月11日生
本籍:群馬県
学歴:1973年3月 立命館大学法学部卒業
   1975年3月 関西学院大学大学院法学研究科公法専攻修士課程修了
   1978年3月 関西学院大学大学院法学研究科公法専攻博士課程単位取得
   1984年3月 関西学院大学大学院法学研究科公法専攻博士課程退学
   1993年7月 Ph.D.(Law)の学位授与Monash University(オーストラリア)
職歴:金沢大学講師(法学部)(国際法担当)(1984年4月~1985年3月)
      金沢大学大学院法学研究科修士課程担当)(1984年4月~現在に至る)
   金沢大学助教授(法学部)(国際法担当)(1985年4月~1990年3月)
   金沢大学教授(法学部)(国際法担当)(1990年4月~現在に至る)
   金沢大学大学院社会環境科学研究科(博士課程)教授(国際地域統合論)(199    3年4月~現在に至る)
   名古屋大学大学院国際開発研究科(博士課程)非常勤講師(国際協力組織論)(1    994年4月~現在に至る)
主な研究業績:
      提携国家の研究(単著)(風行社、1995年)
  「児童の権利条約と国内的効力」石川稔・森田明編『児童の権利条約』(一粒社、1   995年)所収
  「日本の国際法判例(11)ー1994(平成六)年ー」(共著)『国際法外交雑誌』   96巻3号(1997年) 
学会及び社会における活動:
 所属学会:国際法学会(1997年9月より評議員)、世界法学会、国際人権法学会、            国際経済法学会、日本国際法協会、American Society of International Law
  社会的活動:金沢市情報公開及び個人情報保護審議会委員(1992年2月~1996      年3月)、金沢弁護士会懲戒委員会外部委員(1994年4月~1996年      3月)

目次
一 国際違法行為としての「従軍慰安婦」
 1 奴隷禁止諸条約
 2 婦人売買禁止に関する諸条約
 3 強制労働条約(一九三0年)
 4 戦争犯罪
 5 重大な人権侵害ないしユス・コーゲンス違反行為
  6 小括ー個人の権利ないし保護されるべき利益の侵害と個人の損害賠償請求権ー
 (補論)国際連盟規約とわが国による「人種差別撤廃条項」提案
二 国家責任の成立と個人の請求権 
 1 国家責任の成立要件
 2 国際違法行為の効果ー国際請求と個人の請求権との関係ー
 3 国家責任の解除
 (1)一般的考察
  (2)国際犯罪とその効果
 (3)国際人権法における被害者の救済
三 国内法としての国際法
 1 わが国における国際法と国内法との関係
 2 国際法の「国内法化」
 (1)国際法の国内適用と自動執行性
 (2)個人の国際法主体性と国際法の国内適用
 3 国内法解釈の基準ないし指針としての国際法
  (1)国内法解釈を補強するものとしての国際法
 (2)国内法令に対する国際法の優越
   ①国際法における時効・除斥期間
   ②国際人権法の解釈と時際法
 4 国家責任の解除義務の「国内法化」とその効果
 (1)国家の被害回復義務
 (2)個人の損害賠償請求権
 おわりに                                    
                               
 本意見書は、わが国の国際違法行為によりその諸権利を侵害された「従軍慰安婦」の損害賠償請求権の問題を国際法の観点から考察するものであり、国際違法行為ないし国際犯罪を行った者の刑事訴追の問題は、基本的に扱わない。

  国際違法行為としての「従軍慰安婦」
 1 奴隷禁止諸条約
 奴隷制度は、国際法上のユス・コーゲンスの一例として(Yearbook of the International Law Commission, 1966, Vol.II, p.248、小川芳彦訳「国際法委員会条約法草案のコメンタリー(四)」法と政治二0巻一号(一九六九)一四七頁)、また国際犯罪の一類型として(Yearbook of the International Law Commission, 1976, Vol.II, Part Two, pp.95-122、村瀬信也監訳「「国家責任」に関する条文草案注釈(2・完)ー国際法委員会暫定草案第一部ー」立教法学第二四号(一九八五)一五三ー一六七頁)あげられるように、今日では、慣習国際法規範、さらにユス・コーゲンスになっていることに異論はない。また、奴隷制の禁止の問題が、女性売買の禁止および強制労働の禁止に密接に関連することについても異論はないであろう。女性売買の禁止に関する最初の多数国間条約とされる一九0四年条約が「白色奴隷取引禁止協定(Agreement for the Suppression of the White Slave Traffic)」であり、また、一九二六年の奴隷条約が、その前文で「強制労働が奴隷制度に類似する状態に発展することを防止するため」と述べていることからも明らかである。
 一八世紀までに、ヨーロッパ諸国による貿易の拡大は、モノばかりでなく人をも含むようになっていた。それは、次のような三角貿易に基礎をおくものであった、すなわち、ヨーロッパからアフリカにモノを輸送し、アフリカ人奴隷をアメリカに輸送し、アメリカから原料をヨーロッパに輸送するというものである。奴隷貿易は、一六世紀にスペインにより始められ、その後他のヨーロッパ諸国を巻き込んでいった。一六八0年から一七八六年までの間に、イギリスの取引業者のみで、二百万人を越えるアフリカ人奴隷をアメリカに輸送したといわれる。全体では、少なくとも千五百万人のアフリカ人がアメリカに奴隷として送られたのであった。
 植民地に関する奴隷制禁止の歴史は(See J. Goudal, La Lutte Internationale contre l'Esclavage,  35 Revue Generale de Droit International Public, pp.591-625(1928);J. A. C. Gutteridge, Supplementary Slavery Convention, 1956, 6 International and Comparative Law Quaterly, pp.457-460(1957);   Oppenheim's International Law Vol.I,(9th ed.), pp.978-980(1992) ,P.Malanczuk, Akehurst's Modern Introduction to International Law (7th revised ed.), p.21(1997)一九世紀初頭の一八0七年、イギリスがその植民地全体について奴隷売買を廃止したことをきっかけに、各国がその国内法令において奴隷売買禁止を定めるようになった。しかし、奴隷売買は国際的に行われものであり、その禁止には国際的協力が必要なことから、とりわけ、奴隷輸送に従事する船舶を海上において臨検・捜索する権利を相互に付与するための条約の締結に結びついていく。一九世紀には、そうした船舶の臨検・捜索・拿捕を相互に付与する二国間条約が集積されていくが、多数国間条約の最初のものは、一八四一年、イギリス、オーストリア、フランス、プロシャおよびロシア間のロンドン条約であり、その後(一八一五年のウィーン会議、一八二二年のヴェロナ会議で、奴隷貿易の普遍的な廃止が宣言されたことはある。T.M. Walker, A Manual of Public International Law,. pp.60-61(1895))一八八五年のベルリンにおいて採択されたコンゴ会議最終議定書第九条、一八九0年ブリュッセル奴隷禁止会議一般議定書、さらに、わが国も批准した一九一九年のサン・ジェルマン・アン・レイ条約へと続くことになる。ブリュセル議定書は、コンゴ最終議定書よりもその適用の地理的範囲を拡大したが、その中心は必然的にアフリカの奴隷貿易の禁止であり、実際に、奴隷貿易の復活阻止に効果的であったといわれる。
 国際連盟規約は、委任統治に関する第二二条五・六項で、奴隷売買を禁止し、それはB式・C式委任状に採り入れられた。一九二0年一二月一七日ジュネーブで確認された「赤道以北の太平洋におけるドイツ属領に関する委任状」において、受任国となったわが国は、奴隷取引を禁止し、いかなる強制労働も認めない義務を負ったのである(第三条)。
 一九二四年国際連盟理事会は、暫定奴隷委員会を設置し、一九二六年奴隷条約の採択となった。奴隷条約は、「奴隷制度」を「その者に対して所有権に伴う一部又は全部の権能が行使される個人の地位又は状態」であり、「奴隷取引」を「その者を奴隷状態に置く意志をもって行う個人の捕捉、取得又は処分に関係するあらゆる行為、その者を売り、又は交換するために行う奴隷の取得に関係するあらゆる行為、売られ又は交換されるために取得された奴隷を売り又は交換させることによって処分するあらゆる行為並びに、一般に、奴隷を取引し又は輸送するすべての行為を含む」と定義した(第一条)。締約国は、その主権、管轄権、保護、宗主又は附庸の下に置かれた各地域に関して、必要な措置をまだとっていない場合には、奴隷取引を防止し、禁止すること、および、あらゆる形態の奴隷制度の完全な廃止を漸進的におよびできる限り速やかに実現する義務を負った(第二条)。
 わが国は、一九二六年の奴隷条約を批准しておらず、また、奴隷制の禁止は慣習国際法規範になっていないがゆえに、奴隷制の禁止はわが国を拘束しない、とする主張がある。この主張に対しては、第一に、奴隷制の禁止は慣習国際法となっていた、第二に、慣習国際法になっていないとしても、奴隷条約以外の他の奴隷制禁止に関連する条約上の義務がある、第三に、奴隷制の禁止はわが国の国家実行として確立していたのものであり、それに反する行為は「信義誠実の原則」および「禁反言(エストッペル)の原則」により禁止される、との立論が可能であろう。
 第一の問題については、先に、奴隷制度は、国際法上のユス・コーゲンスの一例としてまた国際犯罪の一類型としてあげられるように、今日では、慣習国際法、さらにユス・コーゲンスとなっていることに異論はない。合衆国対外関係第三リステイトメントは、 その報告者の注釈において、「奴隷制度および奴隷貿易は、慣習法の事項として並びに主要な法体系に共通する一般原則として、国際法により禁止されている。奴隷制度は、実質的にすべての国家の憲法または法令で違法とされている。一九世紀における諸々の努力に基づいて、国際連盟の主催の下に、奴隷制度を違法とする条約が一九二六年に締結され、また国際労働事務局主催の下、一九三0年には強制労働に関して締結された。」(Restatement of the Law,: Third Restatement of U.S. Foreign Relations Law, Vol.2(1987), p.169)と述べ、一九三0年には慣習国際法となったことを示唆している。また、一九四五年一0月の国際連盟事務局長代理による報告書は、一九三二年総会決議により設置された奴隷制度に関する専門家諮問委員会の活動に照らして、「奴隷制度および奴隷取引は完全に消滅しつつある」と述べていた(Lauterpacht, Human Rights in International Law, p.334(1950)) 。一九九八年六月二二日付けで国連人権委員会の差別防止・少数者保護小委員会に提出された「武力紛争時における組織的強姦、性的奴隷及び奴隷類似慣行」と題された特別報告者ゲイ・マクドゥガルによる最終報告書(以下、マクドゥガル報告書と略称)は、奴隷制及び奴隷類似慣行の禁止は、慣習国際法の強行規範またはユス・コーゲンスの地位を獲得した最初の禁止の一つと位置づけて、この禁止は一九世紀に始まり二0世紀の初めまでに慣習国際法の地位を達成していたことは明らかであると述べている(E/CN.4/Sub.2/1998/13,para.46)
 第二の問題は、一九一九年九月一0日にサン・ジェルマン・アン・レイで署名された「一八八五年二月二六日のベルリン一般議定書、及び一八九0年七月二日のブリュッセル宣言の改正に関する条約」、いわゆる「サン・ジェルマン・アン・レイ条約」をわが国が一九二二年四月六日に批准したことに関連する。すなわち、わが国は、奴隷制に関する条約の締約国であり、そこからいかなる義務を負うかが問題となる。一九二六年奴隷条約前文には、「一九一九年のサン・ジェルマン・アン・レイ条約の署名国は、あらゆる形態の奴隷制度並びに陸上及び海上による奴隷取引の完全な禁止を確保する意思を確認したので」とあり、同条約を批准したことにより、わが国はあらゆる形態の奴隷制度並びに奴隷取引を完全に禁止する国際法上の義務を負ったのである。
 第三は、わが国の国家実行の問題であり、これが国際法上有する効果である。  
 奴隷制度に関する戦前のわが国の代表的な学説は、次のようなものであった。当時の代表的国際法学者であった立作太郎は、奴隷売買が海賊と同じく、国際法上の犯罪とする学説を批判し、国際法上、国家がその国内において奴隷制度を維持し、または奴隷売買を禁止しない場合、それを国際法違反とはいえないとする。しかし、奴隷が奴隷制度を認めない国に入れば、当該国は奴隷を有する者の所属国に対しても、奴隷が自己の自由となれることを主張することは、国際法上認められるに至った、というのである。立は、さらに、奴隷を載せた商船が、奴隷を禁止する国の港に入るときは、商船所属国または奴隷所有者の所属国の国内法いかんにかかわらず、奴隷制度が公の秩序または善良の風俗に反するとして、港所属国が奴隷を自由人として待遇することを主張することができた事例が存するとして、一八七二年の「マリア・ルース号事件」をあげている。すなわち、神奈川裁判所(県庁)は、その判決において、わが国の国内法は「奴隷の制度を認めず」としたのであった。この事件は、最終的にロシア皇帝を仲裁者とする仲裁裁判に付された(立作太郎『平時国際法論(7版)』(日本評論社、昭和一五年)、二二六ー二二七、二五九ー二六0頁)。ムーアは、一九0六年出版のA Digest of International Law, Vol. IIの「領域管轄権からの免除」の章で、この事例をあげ、「ロシア皇帝は、日本政府は、誠実に及びその権利において行動したとし、外国政府は、正式の条約規定がない場合、その措置が自国の国内法に合致する日本の執行に対抗しえないと宣言する判決を下した。」と述べる(J. B. Moore, A Digest of International Law, Vol. II(1907), pp.596-597。本件の詳細は、さらにJ. B. Moore,  International Arbitration, Vol.V, p.5034に掲載された)。ムーア編纂になるこの国際法資料集は、まさに世界的に参照されたのであり、このことは、国際法上の国家実行として、少なくとも、わが国は奴隷制度を認めない旨、世界に対してその意思を明示に表明したものとみなされ、慣習国際法成立のための国家実行としての証拠を提供するものであり、一方的行為としても、わが国を拘束するものといえよう。また、マクドゥガル報告書は、マリア・ルース号事件に言及し、わが国が早くも一八七二年に奴隷取引の禁止を宣言したことは明らかであるとみなしている(Ibid., Appendix, para.13)(マクドゥガル報告書には「付属文書」として「第二次世界大戦中に設置された「慰安所」に対する日本政府の法的責任の分析」がある)。
 さらに、マクドゥガル報告書が、奴隷制の禁止が武力紛争時になされた性的奴隷の個別的事例を訴追する際にとりわけ有用であろうとし、かかる事例においては、国家の関与または黙認の存在、虐待の広範なまたは組織的パターンの存在、または犯罪と武力紛争の関係を立証する必要がないこと指摘していることに注目する必要がある(Ibid., para.47)

 2 婦人売買禁止に関する諸条約
 女性と子どもの売買が国際的になされていたがゆえに、国際的な協力なしにそれを禁止するのは不可能であった(歴史的経緯については、see  R.E. Crowdy, International Convention on Traffic in Women and Children held at the Seat of the League of Nations, Geneva, on June 30 to July 5, 1921, British Yearbook of International Law (1921-1922), pp.175-176;A.J. Toynbee, The Protection of Women and Chilren, Survey of International Affairs (1925), Vol. II, pp.143-148;鹿島平和研究所編(佐藤尚武監修)『日本外交史14 国際連盟における日本』四三六ー四三八頁)。このことは民間諸団体の注目するところとなり、一八九九年に第一回国際会議が開催され、国際事務局が設立された。この事務局の要請でフランス政府はパリにおける第一回国際会議を招集し、白色奴隷取引禁止協定が締結され、一九一0年の第二回国際会議において、白色奴隷禁止条約および議定書が締結された。
 一九0四年協定(大正一四年十二月二十一日条約第十八号)は一四か条から成り、売買に関する情報収集を任務とする「官憲」の設置(第一条)や、被害者に対する援助が中心であった。
 一九一0年条約(大正一四年十二月二十一日条約第十八号)は一二か条および最終議定書から成り、以下のように「醜業」が定義され、処罰が義務づけられ、さらに処罰に必要な立法措置が義務づけられたのである。
 「何人タルトヲ問ハス他人ノ情慾ヲ満足セシムル為醜行ヲ目的トシテ未成年ノ婦女ヲ勧誘シ誘引シ又ハ拐去シタル者ハ本人ノ承諾ヲ得タルトキト雖又犯罪ノ構成要素タル各行為カ異リタル国ニ亙リテ遂行セラルタルトキト雖罰セラルヘシ」(第一条)
 「何人タルトヲ問ハス他人ノ情慾ヲ満足セシムル為醜行ヲ目的トシテ詐欺ニ依リ又ハ暴行、脅迫、権力濫用其ノ他一切ノ強制手段ヲ以テ成年ノ婦女ヲ勧誘シ誘引シ又ハ拐去シタル者ハ右犯罪ノ構成要素タル各行為カ異リタル国ニ亙リテ遂行セラルタルトキト雖罰セラルヘシ」(第二条)
 「締約国ハ現ニ其ノ法制カ前二条ニ定ムル犯罪ヲ防遏スルニ充分ナラサルトキハ右犯罪ヲ其ノ軽重ニ従ヒ処罰スル為必要ナル措置ヲ執リ又ハ右措置ヲ各自ノ立法機関ニ提案スヘキコトヲ約ス」(第三条)
  国際連盟規約第二三条(ハ)の下で、連盟は、婦人及び児童に関する取極の実行についての一般的監視を委託された。一九二0年の第一回連盟総会において、以下の決議が採択された。
 「国際連盟事務局は質問書を作成し、総会は事務局にこの質問書をすべての政府に送付する権限を与える。諸政府は、その取引と戦うためいかなる立法措置が取られたか、とりわけ、いかなる追加的手段が将来取られるよう提案するかが質問されなければならない。・・・総会は、理事会に、次期総会前に開催される国際会議に代表を派遣するよう一九0四年及び一九一0年国際条約の署名国または加入国を招請するよう要請する。この会議は、事務局により受け取られた質問書への回答を調整し、将来の統合された行動のために諸政府間の共通の理解を確保するよう努めるものとする。」
 理事会は、この会議を招集するに当たり、連盟加盟国であると否とを問わず、参加を希望するいかなる政府に対しても招請を拡大することを決定した。こうして一九二一年六月三0日から七月五日に三四か国が参加して会議が開催され、「婦人及児童ノ売買禁止ニ関スル国際会議最終議定書」(大正十四年十二月二十一日外務省告示第九十六号)が採択された。これを受けて、国際連盟第二回総会は、一九二一年九月三0日、婦人及び児童の売買禁止に関する国際条約を採択した。本条約は、一九0四年協定および一九一0年条約前文に記載された「白色奴隷売買(White Slave Trade)」(わが国の公定訳は、フランス語正文を基に「「トレート、デ、ブランシュ」(醜業ヲ行ハシムル為ノ婦女売買)」である)の名における婦人および児童の売買の禁止を一層完全に確保することを切望したものであり、先の国際会議最終議定書中に掲げられた勧告を了承している(前文)。
 最終議定書は、「本会議ハ人種及種色ノ如何ヲ問ハス婦人及児童ノ保護ヲ確保セムコトヲ欲シ」と述べ、人種、皮膚の色を問わず、該当するすべての婦人および児童に適用されることになった。
  わが国は、一九二五年一0月二0日、一九0四年協定および一九一0年条約に加入し、また一九二一年条約を批准をした。
 年齢制限に関して、一九一0年条約の最終議定書(ロ)は、「「未成年ノ婦女、成年ノ婦女」は「満二十歳未満又ハ以上ノ婦女」」を指すものと了解される、と規定し、一九二一年条約は、この「満二十歳」ナル語ハ之ヲ「満二一歳」ニ改ムヘシ」(第五条)と、更に一歳を加えた。わが国は、一九一0および一九二一年条約については、この「年齢制限ニ代フルニ満十八歳」をもってする権利を留保した。しかし、この留保は、一九二七年三月二六日に「今般帝国政府ハ年齢ニ関スル一切ノ留保ヲ撤廃スルコトヲ適当ナリト認メ」(昭和二年三月三十日外務省告示第十七号)たのであり、一九二七年三月三0日以後は、年齢制限に関する限り、二一歳未満の婦人については、たとえ本人の承諾を得た場合においても、犯罪として処罰の対象となったのである(留保の下においても、一八歳未満であれば処罰される)。 
 もっとも、一九一0および一九二一年条約には、いわゆる植民地条項が置かれた。一九一0年条約は、第一一条において、締約国が本条約を植民地などに実施しようとする場合は、その意思を通告するものとしたが、わが国は、本条に基づく通告を行っていない。また、一九二一年条約は、第一四条において、本条約に署名する国は、その植民地などを包含しないことを宣言しうるとしているところ、わが国は「朝鮮、台湾及関東租借地ニ加フルニ樺太及南洋委任統治地域ヲ包含セス」との宣言を行った。こうして、確かに、朝鮮、台湾および関東租借地に対して、これらの条約は適用されないかに思われる。
 しかしながら、これらの条約において、婦人および児童の売買という犯罪(未遂も含む)に、国家が自ら関与することはとうてい予想しておらず、国家は、そうした犯罪を防止し、処罰し、むしろ犠牲者を保護し、その本国への送還を援助することなどが義務づけられたのである。してみれば、ある国家がその植民地に条約の適用を排除しつつ、国家自らが直接あるいは間接にせよ、婦人売買に関与したのであれば、これらの条約の趣旨と目的に著しく反したものといわなければならない。
 なお、中国は、一九二六年二月二四日に本条約の批准書を寄託した。

 3「強制労働条約」(一九三0年)
 一九二二年、国際連盟の第三回総会において奴隷の問題が提起された際に、連盟は規約二三条に基づく行動を速やかにとるよう要請された(強制労働条約について、 see J.P. Chamberlain, Forced Labor, 166 Annals of American Academy of Political and Social Science, pp.80-85(1933); J. Goudal,the Question of Forced Labour before the International Labour Conference, International Labour Review, Vol. XIX, No. 5, pp.619-638(1929); J. Goudal,The Twelfth Session of the International Labour Conference: I, International Labour Review, Vol. XX, No. 3, pp.335-338(1929); J. Goudal,The Fourtieth Session of the International Labour Conference, International Labour Review, Vol. XXII, No. 3, pp.270-276(1930) )。行動がとられる前に調査がなされるべきこととなり、連盟理事会は一九二四年、暫定奴隷委員会として知られる専門家委員会を設置した。委員会は理事会への報告書において、条約は、奴隷制のみでなく、奴隷制類似の強制労働制度をも扱うよう勧告した。この結果、一九二六年連盟総会は、奴隷条約を採択し、その第五条は強制労働に関する措置を以下のように規定した。
  締約国は、強制労働の利用が重大な結果をもたらすことがあることを認め、その主権、 管轄権、保護、宗主又は附庸の下に置かれた各地域に関して、強制労働が奴隷制度に類 似する状態に発展することを防止するためにすべての必要な措置をとることを約束する。
   次のとおり協定する。
 (1)(2)に定める過渡的規定に従うことを条件として、強制労働は、公共の目的のためにのみ強制することができる。
 (2)公共の目的以外のための強制労働がまだ残されている領域において、締約国は、その慣行を漸進的に及びできる限り速やかに終了させるよう努力する。当該強制労働が存在する間、この労働は、必ず例外的性質のものでなければならず、常に十分な報酬を受けるものとし、並びに労働に服する者を通常の居住地から移動させるものであってはならない。   
 (3)すべての場合に、強制労働のいかなる利用の責任も、関係領域の権限のある中央機関が負う。
 また、総会は、公的労働のための強制労働でさえも、自由労働が得られない場合にのみ依拠されるべきであり、適切に支払いがなされるべきことを宣言する決議を採択した。総会は、また、理事会に対して、国際労働事務局の理事会に奴隷条約の採択を通告し、それに「強制労働が奴隷制類似の状態に発展することを防止する」最善の手段を研究するよう要請した。
 一九三0年六月二八日に採択された「強制労働ニ関スル条約」(わが国は、一九三二年一一月二一日批准、昭和七年一二月七日条約第十号)は、次のように規定した。
 まず、第二条は、「強制労働」を「或者ガ処罰ノ脅威ノ下ニ強要セラレ且右ノ者ガ自ラ任意ニ申出デタルニ非ザル一切ノ労務ヲ謂フ」と定義した。もっとも、純然たる軍事的性質の作業に対する強制兵役法により強制される労務、裁判の判決の結果として強要される労務、緊急の場合の労務などはそれに含まれないとされた。締約国は、可能な限り最短期間のうちに一切の形式の強制労働を廃止する義務を負い、経過期間中においても「公ノ目的」のためにのみ許されるとされた(第一条)。
 「権限アル機関」とは、本国の機関または関係地域における最高中央機関とされ(第三条)、権限ある機関は私の個人、会社または団体の利益のために強制労働を課し、または課することを許可してはならない(第四条)。行政庁の職員は、その責任の下にある住民に何らかの形式の労働に従事することを奨励する職務を有する場合にも、その住民の全部または一部に対し私の個人、会社または団体のために労働させるために強制を加えてはならない(第六条)。
 「労働者ノ平常ノ居所ヨリノ移転」は禁止された(第八・十条)。
 強制労働に徴集されることが認められる場合も、「推定年齢十八歳以上四十五歳以下ノ強壮ナル男子ノミ」である(第十一条)。
  一切の種類の強制労働に徴集さる最長期間は、労務場所に往復するに要する期間含めて一二か月中六0日を越えてはならない(第十二条)。
  第十条の場合を除いて、一切の強制労働に対しては、類似の労務について通常行われる率よりも低くない「現金ヲ以テ報酬」が与えられなければならない(第十四条)
 強制労働の不法な強要は、刑事犯罪として処罰されなければならない(第二五条)。
  もっとも、第二六条は、いわゆる植民地条項を規定した。すなわち、「本条約ヲ批准スル国際労働機関ノ各締盟国ハ右締盟国ガ対内的管轄事項ニ関スル義務ヲ受諾スルノ権利ヲ有スル限リ其ノ主権、管轄、保護、宗主権、後見又ハ権力ノ下ニ置カルル地域ニ対シ之ヲ適用スルコトヲ約ス尤モ右締盟国ハ「ヴェルサイユ」条約ノ第四百二十一条(ヴェルサイユ条約第十三編「労働」、第一款「労働機関」、第三章「一般規定」の最初におかれた第四二一条は「1.締約国は、完全な自治を有していないそれらの植民地、保護国及び属領に対して本条約の本章の諸規定に従ってそれらが批准した諸条約を適用することを約束する、但し、(1)地方的事情により条約が適用不可能な場合は除かれる、又、(2)条約を地方的事情に適合するために必要な修正に従う。2.及び各締約国は、完全な自治を有していないそれらの植民地、保護国及び属領のいずれに関してとられた行動を国際労働事務局に通告するものとする。」)及他ノ平和諸条約ノ対当条項ノ規定ヲ援用セント欲スルトキハ左記ヲ示ス宣言ヲ該国ノ批准ニ附加スベシ」。
  「従軍慰安婦」は、以下の点で強制労働条約に違反するものである。
 第一に、「従軍慰安婦」は、第二条の「強制労働」の定義に該当する。「従軍慰安婦」は、強制的連行にせよ、欺罔による連行にせよ、任意に申し出たものではない一切の労務に該当し、労働(性行為)を拒否すれば処罰または実質的処罰を受けることが確実であった。もっとも、戦争などの緊急の場合や、住民の全部または一部の生存または幸福を危殆ならしめる一切の事情において強要される労務は含まれないとされたが、「性行為」が戦争遂行に不可欠な労務とは考えられない。
 第二に、締約国は、可能な限り最短期間に一切の形式の強制労働を廃止する義務を負ったのであり、経過期間中においても「公ノ目的」のために、かつ「例外ノ措置」としてのみ許されたことからすれば、締約国として強制労働を廃止しなかったことの違法性があり、たとえ経過期間が認められるとしても、「従軍慰安婦」が公の目的であり、例外的措置といえないことは明らかであろう。
 第三に、第四条によれば、権限ある機関である国家機関(地方機関を含む)は、私人、会社または団体の利益のために強制労働を課し、または課すことを許可してはならず、第六条は、行政庁の職員は、その責任の下にある住民に何らかの形式の労働に従事することを奨励する職務を有する場合にも、その住民の全部または一部に対し私人、会社または団体のために労働させるために強制を加えてはならないのであり、この点においても、国家機関が自ら強制労働を課し、または課すことを許可したのであれば、違法である。
 第四に、第十条は、「公共事業」の遂行のために使用される強制労働も、漸次廃止されなければならないが、経過期間においても、その労務が、「労働者ノ其ノ平常ノ居所」からの移転を伴うものであってはならないと規定しており、「従軍慰安婦」は「公共事業」に該当しないことはもちろん、その平常の居所から移転を伴っていた点でも違法である。
 第五に、第十一条は、強制労働に徴集される場合があるとして、それは推定年齢一八歳以上四五歳以下の「強壮ナル成年男子」に限っていたのであり、女性の強制労働はそもそも認められない。また、第十二条は、一切の種類の強制労働に徴集さる最長期間は、労務場所に往復するに要する期間含めて一二か月中六0日を越えてはならないとし、一年の内六0日を越えた場合は違法である。
 第六に、第十四条は、強制労働に対しては類似の労務と同等以上の現金での報酬を与えることを義務づけており、たとえ現金報酬を与えたとしても、それが僅かであれば違法である。
 第七に、第二五条は、強制労働の不法な強要は刑事犯罪として処罰することを締約国に義務づけており、それを怠れば明らかに違法である。
 最後に、本条約には植民地条項があるが、植民地条項の適否、あるいはその適用宣言の効果の問題はさておいても、日本はこの宣言を行わなかった。
 いわゆる「関釜事件判決」は、「従軍慰安婦制度は、その当時においても、婦人及び児童の売買禁止に関する国際条約 (一九二一年)や強制労働に関する条約(一九三0年)上違法の疑いの強い存在であった」と認定している(山口地裁下関支部平成一0年四月二七日)。また、国際労働機関のILO条約勧告適用専門家委員会は、「従軍慰安婦」が本条約に違反するとした(Report of the Committee of Experts on the Application of Conventions and Recommendations, International Labour Conference 83rd Session 1996, p.85)
 
 4 戦争犯罪
  兵士による強姦は、数百年前から戦争法により禁止されており、その違反は、リチャード二世(一三八五年)やヘンリー五世(一四一九年)による指令などの国内的軍事法典のもとで死刑に処せられた(T. Meron, Rape as a Crime under International Humanitarian Law, 87 American Journal of International Law, p. 424(1993) )。近代戦争により直接の影響を与えたのは、アメリカのリーバー法(一八六三年)による死刑としての強姦の禁止であった。
 戦争における女性の保護を規定した条約規則として、一九0七年一0月一八日ハーグで署名された「陸戦ノ法規慣例ニ関スル条約」附属書「陸戦ノ法規慣例ニ関スル規則」第四六条をあげることができる。同条は、「家ノ名誉及権利、個人ノ生命、私有財産並宗教ノ信仰及其ノ遵行ハ、之ヲ尊重スヘシ。・・・。」と規定する(わが国は、一九一二年一二
月一三日批准書寄託)。メロンは、この規定を広く解釈すれば強姦を含むと見なしうるが、実際に、そう解釈されることは稀であったことを認めている。このことは、国際法の「男性中心主義」(阿部浩己「「慰安婦」問題からの問いかけー照射された課題ー」『国際人権』第8号(1997年)二一頁)に由来するものであり、「名誉」概念は「貞操、純潔、処女」といったステレオタイプの「女性」観念と結びつけられことにより、強姦の被害者は沈黙を余儀なくされたのであった(クマラスワミ報告書E/CN.4/1998/54, p.4-5)。しかしながら、極東軍事裁判において強姦が戦争犯罪として処罰の対象となったことは、少なくとも、第二次大戦中に慣習国際法として確立したことを意味しよう。マクドゥガル報告書は、一九四九年の「戦時における文民の保護に関するジュネーブ条約」(ジュネーブ第四条約)第二七条は、慣習国際法の宣言であり、「陸戦ノ法規慣例ニ関スル規則」にすでにあった「家の名誉」の文言を取り入れたものであるとし、レイプが暴力による罪ではなく、女性の名誉に対する罪と特徴づけれていることは、不幸であり不正確であるが、レイプ及び強制売春が、少なくとも最初の「慰安所」が設置された(同報告書では、一九三二年から設置され始めたとしている)時点までに慣習国際法の下で禁止されていたことは、十分確立していたと述べている(Ibid., Appendix, para.17)
   極東国際軍事裁判所判決は、「A部 第二章 法」「(イ)本裁判所の管轄権」において、ニュールンベルク裁判判決の次の点に「完全に同意」を与えている。すなわち、
  「『裁判所条例は、戦勝国の側で権力を恣意的に行使したものではなく、その制定の 当時に存在していた国際法を表示したものである。』
 一九四八年一一月四日から行われた「極東軍事裁判所判決」においては、「B部 第八章 通例の戦争犯罪(残虐行為)」として「強姦」も処罰の対象とされた。「本裁判所に提出された残虐行為及びその他の通例の戦争犯罪に関する証拠は、中国における戦争開始から一九四五年八月の日本の降伏まで、拷問、殺人、強姦及びその他の最も非人道的な野蛮な性質の残虐行為が、日本の陸海軍によって思うままに行われたことを立証している。・・・それは非常に大きな規模で行われたが、すべての戦争地域で全く共通の方法で行われたから、その結論はただ一つしかあり得ない。すなわち、残虐行為は、日本政府またはその個々の官吏及び軍隊の指導者によって、秘密に命令されたか、故意に許されたがということである。」「醜業の強制」について、例えば、次のような事実認定がなされている、「桂林を占領している間、日本軍は強姦と掠奪のようなあらゆる種類の残虐行為を犯した。工場を設立するという口実で、かれらは女工を募集した。こうして募集された婦女子に、日本軍隊のために醜業を強制した。」(『極東国際軍事裁判速記録』第一0巻(雄松堂書店、昭和四三年)、七六六、七七0頁)(メロンは、強姦が極東国際軍事裁判において処罰された事例をあげている(T. Meron, ibid.,, p.426)
 また、その官職によって戦争の法規慣例の遵守を確保し、その違反を防止するために適当な手段をとるべき法律上の義務の不履行に関する訴因五十五について、広田弘毅は、一九三七年一二月と一九三八年一月および二月の南京における大虐殺に際して、「殺人、婦人に対する暴行その他の残虐行為が行われていたのに」、陸軍省からの残虐行為を中止させる保証を受け、その保証が実行されないのを知りながら、その保証によるだけで満足していたとされ、その不作為は犯罪的な過失に達した、と認定された。

 5 重大な人権侵害行為ないしユス・コーゲンス違反行為
 「重大な人権侵害」の定義について、今日明確に合意された定義は存在しないが、ここでは、少なくとも、奴隷制度、そして奴隷制度と密接不可分な強制労働および女性売買が慣習国際法であることが確認されており、さらにユス・コーゲンスであることについても異論がないことを確認することから述べよう。
 合衆国対外関係法第三リスエイトメント第七0二節は、人権に関する慣習国際法を規定し、次のように述べる、「国家は、国家政策として、以下のことを実行し、奨励し、または容認した場合国際法に違反する、(a)ジェノサイド、(b)奴隷制度または奴隷取引、(c)殺人または個人の失踪を引き起こすこと、(d)拷問またはその他の残虐な、非人道的または品位を傷つける取扱いまたは処罰、(e)長期にわたる恣意的拘禁、(f)組織的人種差別、または(g)国際的に承認された人権の重大侵害の首尾一貫したパターン、である。」(Restatement of the Law: Third Restatement of U.S. Foreign Relations Law, Vol. 2, pp. 161-175(1987)。第三リステイトメントに挙げられたリストについて、それに関する限り受け入れるとしつつ、少しばかり注意深すぎるとの批判について、T. Meron, ibid., pp.95-105)。本節に対するコメントnにおいて、「すべての人権規範が強行規範(ユス・コーゲンス)ではないが、しかし本節(a)から(f)の各項のものはそれに当たり、それらに違反する国際合意は無効である」と述べる(報告者の注釈では、さらに、諸国家の実行は、本節の諸原則を慣習法として確立してきた。(a)から(e)項は(そして、おそらく(f)項も)国際法に吸収されてきた主要な法体系に共通の一般原則を反映する、と述べる)。コメントbは、慣習法違反としての国家政策について、「かかる行為が、とりわけその官吏により、反復されまたは周知のものである場合で、それらを禁止し、または加害者を処罰するいかなる措置も取られてこなかった場合には、政府は、本節により禁止される行為を奨励しまたは容認したものとみなされ」、「国内法がその違反を禁止し、および一般的に有効な救済を与える場合は、その違反は国家政策ではないという強い証拠である」と述べる。
 こうして、重大な人権侵害行為ないしユス・コーゲンス違反行為の効果は、後に述べるように国際人権法における被害者の実効的な救済と正当な賠償に対する権利である。

 6 小括ー個人の権利ないし保護されるべき利益の侵害と個人の損害賠償請求権ー
 国際法は、現在においても基本的に国家と国家の関係を規律する法であり、先に検討した諸条約または国際慣習法も、基本的に国家間の権利義務関係を定めるものであるといえよう。第二次大戦後の人権関係諸条約は別として、「陸戦ノ法規慣例ニ関スル規則」における「家ノ名誉及権利」のように「権利」を明示に規定するものはむしろ稀である。しかしながら、奴隷制の禁止、女性の売買の禁止、強制労働の禁止、その他の禁止が目的とするのは、個人の「奴隷にされない権利」、「売買されない権利」、「強制労働に使用されない権利」、あるいは「レイプされない権利」を確保することなのである。個人の「権利」ないし「保護されるべき利益」を観念することなく、これらの禁止が規定されたとは考えられないことである。なるほど、例えば、奴隷制や奴隷取引の禁止が、当初から人権の保護を第一義的な目的としていたとはいえないにしろ、これらの禁止が国際慣習法として確立して以後は、個人の「権利」ないし「保護されるべき利益」が観念されたといえるのである。この点で、国連国際法委員会の国家責任条文草案第一九条三項(c)が、国際犯罪を構成する一カテゴリーとして「奴隷制度、ジェノサイド、アパルトヘイトを禁止する義務のような、人の保護に不可欠な重要性を有する国際義務の広範にわたる重大な違反」と規定していることが注目されなければならない。
 かくして、後に述べるように、国際違法行為により個人の「権利」ないし「保護されるべき利益」が侵害された場合、個人は、国際的手続が利用可能であれば、国際的手続に訴え、それがなければ、国内的手続に訴える可能性が排除されず、他方で、国家には被害回復義務が生じるのである。

(補論)国際連盟規約とわが国による「人種的差別待遇撤廃条項」提案
  条約、慣習国際法以外に、国家の行う一方的行為が、国際法上、法的拘束力をもつ場合がある。
  第一次大戦後、国際連盟規約の審議過程で、わが国は「人種的差別待遇撤廃条項」挿入に相当の努力を傾けたのであった(田畑茂二郎『国際化時代の人権問題』(岩波書店、一九八八年)一0ー一一頁参照)。このことは、わが国が国際舞台において、人権問題について積極的リーダーシップを発揮した最初のことであり、記憶に留めておく必要がある。その意図するところは、とりわけアメリカにおける日本人移民の待遇に対する不満にあり、日本全権は、事前に政府から「国際連盟について具体的な提案が成立するような形勢になった場合、人種的偏見から生ずることが予想される日本の不利を除去するため、事情の許す限り適当な方法を講ずるために努力すべき」旨訓令を受けていた。イギリス及びアメリカとの内交渉を経て、わが国は、国際連盟委員会で国際連盟規約案第二一条の宗教の自由の規定の後に、次の一項を加えるよう提案した(鹿島守之助『日本外交史12パリ講和会議』(鹿島研究所出版会、昭和四六年)、一六五ー一九二頁参照。当初、わが国は、規約本文中への人種差別待遇撤廃条項の挿入を図ったが、大方の賛成を得られないとみて、国際連盟委員会で前文における挿入を提案したが、これも否決された。最終的に、「日本の立場を明白にして後日の地歩を確保するためには、むしろ従前にさかのぼって当初の提案を繰り返し、単に日本側の趣旨を十分明白にする措置をとるほうが有利であると認められ」、総会議における牧野全権の宣言となったのである)。
  「各国民均等の主義は国際連盟の基本的綱領なるに依り、締約国は成るべく速かに連 盟員たる国家に於ける一切の外国人に対し、如何なる点に付ても均等なる待遇を与へ、 人種或は国籍如何に依り法律上或は事実上何等差別を設けざることを約す。」
 この提案は大方の賛成を得られず、一九一九年四月一一日、最終の国際連盟委員会における規約案前文の討議に際しての「各国民の平等及び其の所属各人に対する公正待遇の主義を是認し」の提案となった。しかしながら、わが国の提案は、まさに人種差別の撤廃を国際社会の普遍的な価値として位置づけようとしたものであり(たとえ、位置づけざるを得なかったとしても)、結果的に否決されたとはいえ、その後のわが国の人種問題に関する立場を拘束すべきものであったといえよう。総会議において、牧野全権は「日本政府及び人民は永年不断の不満を解決することを目的とし、深甚なる国民的確信に基づいた公平なる主義が委員会において受け入れられなかったことに対しては頗る遺憾とするところであって、将来連盟において同主義が採用されるに至るようその努力を継続するであろう」いう言葉で締めくくったのである。
  さらに、国際連盟委員会における本問題に関する牧野委員の発言が注目されよう。牧野委員は、「今次世界の新世界における国際関係の基礎として、「各国民の平等及びその所属各人に対する公正なる待遇」の一原則を確立することは、まさに純理に適合するものと思う」とし、「今や世界をあげて国際上、政治上、一層高き生活を向上せんとしている際、これら人民が一朝事ある際に、自己に対し公平な待遇を拒絶した者の防御のために、重大な義務を負担せざるをえないということは容易に首肯させることはできないであろう。かかる事件が発生する恐れのあることは念頭にとどめて置かなければならない。」と述べたのであった。「かかる事件が発生する恐れ」は、わが国のこととなった。そして、わが国こそ、まさに差別された人民に「自己に対し公平な待遇を拒絶した者の防御のために、重大な義務を負担」させることになったのである。
 こうして、国際連盟規約の起草過程におけるわが国の一連の提案及び陳述は、「公けに、かつ、全世界に対して」なされたものであり、わが国は「各国民の平等及びその所属各人に対する公正なる待遇」をなす法的義務を負った、という解釈もなりたちうるであろう。
 国際司法裁判所は、「核実験事件」において、法律上または事実上の事態に関して、一方的行為としてなされる宣言が法的義務を創設する効果を持ちうることは十分に承認されている、とした(ICJ Reports 1974, pp.268-270)。法的義務の創設および履行を支配する基本原則の一つは、「信義誠実の原則」にあるからである。日韓「併合」条約から約一0年後のヴェルサイユ会議において、「植民地人民」に対する「公正なる待遇」は、わが国とは無関係と考えていたとすれば、言語道断といわなければならない。 

二 国家責任の成立と個人の損害賠償請求権
 1 国家責任の成立要件
 国家のすべての国際違法行為はその国の国際責任を生じさせる(「国家責任」に関する条文草案第一条)。国際法委員会は、同条文の注釈において、「国家の実行および判例の支持を最も強く受け、かつ国際法の学説に最も深く根を下ろしている国際法の原則の一つは、国際法上違法とされるいかなる行為にも国家の国際責任が伴うという原則である」と述べている(Yearbook of the International Law Commission, 1973, Vol.II,  pp.173-176、村瀬信也監訳「「国家責任」に関する条文草案注釈(一)ー国際法委員会暫定草案第一部ー」立教法学第二三(一九八五)、一六七頁)。
 国家の国際違法行為が成立するためは、①国際法上、作為または不作為から成る行為が国家に帰属し、かつ、②当該行為が国家の義務違反を構成する場合である(同第三条)。 国際義務違反は、国際違法行為を構成する。この行為は、慣習法であれ条約であれ、法源のいかんを問わず、その国際義務の要求するものに「一致しない」ことである(第一六・一七条)。国家の行為は、国際法によってのみ、国際的に違法とされ、国内法に合致した国内行為も、もし国際法に違反すれば、国際的に違法である(第四条)(同条の注釈において、国際法委員会は、常設国際司法裁判所の事例として、一九二三年のウィンブルドン号事件判決、一九二五年のギリシャ・トルコ住民交換事件における勧告的意見、および一九二八年のダンチッヒ裁判所の管轄権に関する事件における勧告的意見、また、国際司法裁判所の事例として、一九四九年の国連の公務中に蒙った損害に対する賠償事件における勧告的意見をあげる)。
 国際責任の第二の成立要件として、国際違法行為は国家に帰属するものでなければならない。ところで、国家は団体人格であり、個人(自然人)の行為を通じて国家の行為として観念されるものである。行為する個人と国家とのこの関係を帰属という。
 まず、国内法上の国家機関の地位にある者がその資格で行った行為は、それが立法機関、行政機関または司法機関のいずれの行為であるか、またそれが上級機関の行為か、下級機関の行為かに関係なく、すべて国家の行為とみなされる(第五・六条)。同じく、連邦国家の構成単位、地方自治体、事業体など国内法上国家機関とは独立の法人格を有する実体であっても、それが国家の公権力を行使する権限を付与されている場合には、その実体の機関がその資格でなした行為は、国家の行為とみなされる(第七条)。さらに、これら国家や実体の機関がその資格でなした行為は、国内法上の権限を踰越し、または上級機関の指示に違反して行われた場合であっても、国家の行為とみなされる(第一0条)。
 その他、国家機関に属さない者、すなわち私人の行う行為は、私的資格でなされる限り国家に帰属しない。しかし、例外的に、その領域内における私人の(侵害)行為を領域国が「相当の注意」をもって処罰しなかったり、または事件発生後に加害者を処罰したりする行為を怠る場合には、その国家に責任が負わされる。この場合の国家責任は、私人(国籍をいかんを問わない)の行為を直接の原因とするものではなく、「相当の注意」義務を怠るという国家機関の国際法上の義務違反に基づく(藤田久一『国際法講義II』(東大出版会、一九九四)、二三八ー二三九頁参照)。国際司法裁判所のテヘラン人質事件判決が、私人による米国大使館等の占拠・人質行為に際し、イラン政府の不作為を根拠に国家責任を認めたように(ICJ Reports 1980, p.3)、国家に帰属しない私人行為に関連して国家機関自身が国際法上負っている注意義務の違反がある場合には、国家の責任が発生するのである(松井芳郎他『国際法〔第3版〕』(有斐閣)、一一三頁参照)。
 この点で、「従軍慰安婦」の連行および「慰安所」の設置・管理に国家が直接関与した場合だけでなく、たとえ私人が行った場合でも、国家が間接的に関与し、黙認し、または禁止しなかったことにより、および加害者を処罰しなかったことにより国家責任が生ずることが確認されなければならない。

 2 国際違法行為の効果ー国際請求と個人の請求権との関係ー
  国際違法行為を行った国家は、それによって何らかの損害を被った国家に対して国際責任を負う。すなわち、被害国には違法行為国に対する国際請求の権利が発生し、他方、加害国には違法行為の結果生じた責任を解除する義務が発生する。
 国際違法行為の効果は、一般には、直接法益を侵害された国家と違法行為国との間で発生する。国際違法行為により直接国家自身の法益が侵害された国家は、違法行為国に対して、ただちに国際請求を提起することができる。ところが、国際違法行為の直接の被害者が個人である場合、国際請求は、原則として国家自身の権利侵害と構成されて当該個人の本国によって行われる。在外自国民の外交的保護権は、あくまで国家の権利であって自国民に対する義務ではない。しかし、ここで注意されるべきは、国家が請求権を放棄する場合、一般には国家の権利としての外交的保護権であって、国内的な個人の請求権まで消滅させるものではない、ということである(松井芳郎他、前掲書、一二0頁参照)(傍点引用者)。
 この点は、後にみるファン・ボーベン報告書が指摘するように、重大な人権侵害に関しては、個人または個人の集団は、国際法の下で実効的な救済と正当な賠償に対する権利があるといえる。たとえ、一般国際法上そのような個人の権利が認められるか否か議論があるにせよ、すなわち、国際的手続が国際法において与えられていない場合に、個人が国際的手続に基づいてそのような権利を主張しうるかどうかは確かに困難であるにせよ、国家による国際違法行為に対して個人がその救済を国内的手続に基づいて主張する可能性は、別に考えなければならないのである。この点で、日本政府も近年、例えば、一九九一年八月二七日、参議院予算委員会において外務省条約局長が、「日韓協定は、日韓両国が国家として持っている外交保護権を相互に放棄したということで、個人の請求権そのものを国内的な意味で消滅させたものではない」と認めている。こうして、「従軍慰安婦」がわが国において損害賠償請求権を行使できることそれ自体は全く問題がない。   
 

 3 国家責任の解除
  (1)一般的考察
 国際違法行為国は、被害国に対する違法行為から生じた一切の損害を賠償すべき義務を負う。違法行為国は、その生ぜしめた損害(法益)を賠償することによって、国際義務違反により自ら負った責任を解除される。
 広義の賠償(reparation)とは、国家がその責任から解除され、またはそれを果たすためにとるさまざまの方法を示す固有の文言である。広義の賠償を律する基本原則は、常設国際司法裁判所のホルジョウ工場事件判決で、「賠償は、可能な限り、違法行為のすべての結果を除去し、その行為が行われなかったならばおそらく存在したであろう状態を回復しなければならない」(PCIJ, Series A, No.17, p.47)ことである。また、国際司法裁判所は、テヘラン人質事件判決で、イランが自らに課せられた義務に対する相次ぐかつ継続的違反を行ったことを確認して後、「この確認の明白な結果は、イラン国がアメリカに引き起こした損害を賠償する義務を負うということである」(ICJ Reports 1980, pp.41-42)と述べた。
 賠償の形態には、現状回復、金銭賠償、満足、再発防止の確認・保障がある(第四二条)(藤田久一、前掲書、二六一ー二六六頁、山田中正「国連国際法委員会第四八会期の審議概要」国際法外交雑誌九六巻三号(一九九七年)一三三ー一五六頁参照)。
 現状回復(restitution in kind)とは、違法な作為または不作為が行われなかったならば存在したであろう状態を回復することである。国家責任条文草案第四三条(現状回復)は、次のとおりである。被害国は、国際違法行為国から現状回復、すなわち、違法行為が行われる前に存在した状態を回復すること、を得る資格を有する。ただし、次の条件を満たす限りかつその範囲で認められる、(a)物理的に不可能ではないこと、(b)一般国際法強行規範から生ずる義務の違反を含まないこと、(c)被害国が金銭賠償の代わりに現状回復を得ることから得られる利益と均衡を失する負担を含まないこと、(d)国際違法行為国の政治的独立または経済的安定を著しく損なわないこと、である。
 金銭賠償(compensation)とは、最もよく行われる賠償形式であり、可能な限り、違法行為のすべての結果をぬぐい去るものでなければならず、「現状回復が有しえた価値に相当する」金額でなければならないから、例えば、「得べかりし利益」を考慮に入れ、かつ、収容の時点でなく賠償支払いの時点での没収価値を算定しなければならない(ホルジョウ工場事件、op.cit.,pp.47-48)。国家責任条文草案第四四条(金銭賠償)は、次のとおりである。被害国は、その損害が現状回復によって償われないならば、かつその範囲において、国際違法行為国から、その行為により生じた損害の補償を得る資格を有する。本条の目的上、金銭賠償は、被害国の受けたいかなる経済的に算定可能な損害を含み、かつ、利子および、適切ならば得べかりし利益を含みうる。
 満足(satisfaction)とは、国家の威厳または人格に対して引き起こされた非有形的損害または道義的損害にとって適切な賠償の形式である。現代の実行上、この方式は一般には、遺憾の意の表明や正式の陳謝、罪を負う(下級)公務員の処罰、および、とくに行為の違法性の正式の承認または司法宣言(宣言判決)に限られている。国際司法裁判所は、仲裁裁判の先例にしたがって、行為の違法性を確認する宣言判決は「それ自体適切な謝罪」を構成することを認めた(コルフ海峡事件、ICJ Reports 1949, p.35)。国際司法裁判所は、テヘラン人質事件で、イランは二国間に有効な国際条約および長期の慣行により確立した一般国際法規則により、米国に対して負う義務に繰り返しかつ継続的に違反したと宣言し、それと結びつけて、イランがこの違反を停止し、「以前の状態」を回復し、かつ、厳格な意味の賠償、すなわち米国への損害賠償(金銭賠償)を行うべきことを決定した(ICJ Reports 1984, pp.44-45)。国家責任条文草案第四五条(満足)は、次のとおりである。被害国は、十分な賠償を行うことが必要であるならば、かつその範囲で、国際違法行為国から、その行為によって引き起こされた損害、とくに道義的損害のための謝罪を得る資格を有する。謝罪は、次のものの一またはそれ以上の方式をとることができる、(a)陳謝、(b)名目的損害賠償、(c)被害国の権利の重大な侵害の場合に、侵害の重大性を反映する賠償、(d)国際違法行為が公務員の重大な非行(職権濫用、違法行為)または犯罪行為から生じた場合、その責任者に対する懲戒行為または処罰、被害国が満足を得る権利は、国際違法行為国の威厳を損なう要求を正当化するものではない。
 国家責任条文草案第四六条(再発防止の保障、Assurances and guarantees of non-repetition)は、被害国は、適当な場合、国際違法行為を行った国家から再発防止の保障を得る資格を有する、と規定している。          

 (2)国際犯罪とその効果
  国家責任に関する条文草案において、国際法委員会は、国際義務違反を構成する行為を、国際犯罪と国際不法行為とに区別した(第一九条)。これによれば、「国際社会の基本的な利益の保護に不可欠な国際義務の、国家による違反から生じ、それゆえその義務違反が国際社会全体によって犯罪であると認められる国際違法行為は、国際犯罪を構成する。」(二項)とされる。そして、「有効な国際法規則に基づいて」、次の四のカテゴリーの違反行為が「犯罪」を構成するものとされる、すなわち、(a)「侵略禁止の義務のような、国際の平和と安全の維持に不可欠な重要性を有する国際義務の重大な違反」、(b)「力(force)による植民地支配またはその維持を禁止する義務のような、人民の自決権の保護に不可欠の重要性を有する国際義務の重大な違反」、(c)「奴隷制度、ジェノサイド、アパルトヘイトを禁止する義務のような、人の保護に不可欠な重要性を有する国際義務の広範にわたる重大な違反」、および(d)「大気または海洋の大量汚染を禁止する義務のような、人間環境の保護および保全に不可欠な重要性を有する国際義務の重大な違反」である(三項)。
  国際犯罪の場合、国家責任の解除について、より厳格な要件があることが指摘されなければならない。違法行為が国際犯罪に該当する場合、国際法委員会草案は、現状回復と満足を違法行為国に対して通常の国際違法行為より厳しく適用できるとし(第五二条)、同時にすべての国に、国際犯罪の結果を承認したり、犯罪国を支援しない義務と国際犯罪を除去する措置に協力する義務が生じるとした(第五三条)。第五二条は、「国家の国際違法行為が国際犯罪である場合、(a)現状回復を得る被害国の権限は、第四三条の(c)および(d)に規定された制限に従わず、(b)、満足を得る被害国の権限は、第四五条三項の制限に従わない」と規定する。第四三条(c)は、被害国が金銭賠償の代わりに現状回復を得ることから得られる利益と均衡を失する負担を含まないこと、(d)は、国際違法行為国の政治的独立または経済的安定を著しく損なわないこと(被害国がもしも現状回復を得られないとしても、同様の影響を受けない場合)、を規定する。第四五条三項は、被害国が満足を得る権利は、国際違法行為国の威厳を損なう要求を正当化するものではない、と規定する。
 すなわち、国際犯罪の効果は、被害国が金銭賠償の代わりに現状回復を得ることから得られる利益と均衡を失する負担をも含むのであり、国際犯罪を行った国家は、その威厳が損なわれることを理由に、被害国の満足を得る権利を否認できないのである。

 (3)国際人権法における被害者の救済
 慣習国際人権法の義務は万人に対する(erga omnes)ものであるがゆえに、いかなる国家も、たとえ、被害者個人がその請求国の国民でなく、その違反が請求国のその他のいかなる特定の利益に影響を与えるものではないとしても、その違反に対する請求を追求することができる(Restatement of the Law, ibid., p. 176)。バルセロナ・トラクション事件判決において、国際司法裁判所は、国家の国際社会全体に対する義務と、外交的保護の領域において他の国家に対して生じる義務との間の本質的区別を設ける必要性を述べ、前者は、その本性からして、あらゆる国の関心事であり、これらの義務は、たとえば、現代国際法において、侵略行為およびジェノサイド行為に対する法益剥奪から、人間の基本的権利に関する原則および規則ー奴隷制度および人種差別に対する保護を含むーから生じる、と述べた(ICJ Reports 1970, p.32)
 問題は、被害者個人の救済であり、第三リステイトメントは、一般的に、個人は、かかる救済が国際合意により用意されている場合を除き、その人権に違反する国家に対して直接国際請求をなしえない、とする(Ibid.)。個人がある国内法の下で救済されるか否かは、その国内法に依存するというのである。そして、国際人権法は、一般にかかる救済を提供するよう締約国に求めており(たとえば、自由権規約第二条三項)、かかる救済を提供しない場合、合意の追加的な違反を構成することになる、というのである。
 第三リステイトメントは、先の言及した第七0二節に掲げた慣習国際人権法に関して、その違反に対する国内法上の実効的救済がない場合、それ自身、権利に対する違反が国家政策、「組織的」、または「重大な違反の一貫したパターン」の一部であるという証拠である、と述べていることが注目されよう(Ibid.)。ここに、ある国家がerga omnesな義務に違反した場合、その効果として、すべての国家が違反国に訴訟を提起する権利と利益を有するだけでなく、被害者個人または個人の集団が、国際法の下で、実効的な救済と正当な賠償に対する権利を有することになるのである(E/CN.4/Sub.2/1993/8, para.45.いわゆる「ファン・ボーベン報告」)。なお、後に述べるように、わが国においては、憲法上、国家責任の解除義務が「国内法化」することにより、わが国の国内的手続により、個人の請求権が認められ、他方で国家に被害回復義務が課せられることになる。

  国内法としての国際法
(1)わが国における国際法と国内法の関係
  国際法と国内法の関係については、理論的問題はさておき、近年、実定法上の国際法と国内法の関係を、国際法レベルの関係と国内法レベルの関係に分けて考察することが多い(例えば、松井芳郎他、前掲書、一九ー二四頁)。国内法レベルで国際法にどのような効力を与えるかは、各国の国内法、とくに憲法の定めるところによるのであり、各国の憲法は大きく、国際法を国内法に一般的に受容しその国内的効力を認めている(一般的受容方式)か、それとも国際法に国内的効力を与えるために特別の立法、つまり国内法への変形を要求している(変形方式)か、に分けることができる。
 わが国は、前者、すなわち「一般的受容方式」を採用していると解されている。すなわち、日本国憲法第九八条は、憲法の最高法規性を規定するとともに、「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする」(同条2)と規定しており、この規定により、条約はそのままの形で国内法としての効力を有するものと解されていることに政府、裁判所、学説とも異論はない(岩沢雄司『条約の国内適用可能性』(有斐閣、一九八五年)二八ー三二頁参照)。
 また、一般に、日本が締約国である条約および慣習国際法は、憲法よりも下位であるが、法律よりも上位の効力があると解されている。この点についても、政府、裁判所、学説とも異論はないといえよう。一九八二年九月二二日に自由権規約委員会でわが国の報告書が審査された際に、日本代表は、日本国憲法第九八条の規定について、それは「行政・司法当局は条約規定を遵守し、またその遵守を確保しなければならず、条約は国内法よりも高い地位を有するとみなされる」という意味であり、「このことは、裁判所が国内立法と条約とが矛盾すると判断した場合には、後者が優先し、関連立法は無効とされるか修正されねばならないことを意味する」と明言している(CPR/C/SR.324, para.4)
  当事国は、条約の不履行を正当化する根拠として自国の国内法を援用することはできないことも留意しなければならない(条約法条約第二七条)。

 2 国際法の「国内法化」
 (1)国際法の国内適用と自動執行性
 先に述べたように、日本国憲法は、国際法をそのまま国内法に取り入れる「一般的受容方式」を採用する。すなわち、国際法は「国内法化」されるのである。こうして、わが国を拘束する国際法が国内法としての効力を獲得するからといって、そのすべてを個人が国内裁判所の場で援用できるわけではなく、ここに自動執行力の有無ないし直接適用可能性の問題が典型的に現れることになる(この点について、阿部浩己「平成七年(ワ)第一五六三六号 七三一・南京虐殺等損害賠償請求事件 意見書」(以下、阿部意見書と略称)一二ー二九に詳細に論じられており、本意見書もそれを参照した)。わが国において、それ以上の措置を必要とせずにそのままの形で適用されうる国際法規を指して「自動執行的」あるいは「直接適用可能」と表現することが一般的である。しかしながら、問題は、「それ以上の措置を必要とせずにそのままの形で適用されうる」国際法規が何かについては、一義的に明らかではないことである。
 条約の自動執行性の判断にあたっては、「主観的要件」と「客観的要件」の具備を検討しなければならない、という主張がある。「主観的要件」とは「条約の作成過程等の過程の事情により、私人の権利義務を定め、直接に国内裁判所で適用可能なものにするという締約国の意思が確認できること」とされ、「客観的要件」とは「私人の権利義務が明白、確定的、完全かつ詳細に定められてい・・・ること」とされる。
 この「主観的要件」に関しては、そもそも条約をどのように実施するかは、基本的に各国が政策的判断に基づいて個別に決定するのであり、締約国のそのような意思を求めることは、経験則上「不適切」である(Yuji Iwasawa,The Relationship between International Law and National Law: Japanese Experiances,British Yearbook of International Law 1993, pp.363-365)。自由権規約にしても、その起草過程からそのような「主観的要件」を満たす事情を見いだすことはできない。しかしながら、わが国の裁判実務において、自由権規約は自動執行的であるとみなされている。例えば、大麻取締違反、関税法違反被告事件において、東京高裁は、自由権規約一四条三項(a)および(f)が自動執行的性格を有すると述べ(平成四年四月八日判時一四三四号一四0頁)、大阪高裁も指紋押捺制度にかかる損害賠償控訴事件において「[自由権]規約はその内容に鑑みると、原則として自動執行的性格を有し、国内での直接適用が可能であると解せられる」と明言している(平成六年一0月二八日判タ八六八号五九頁)。高松高裁もまた、受刑者接見妨害国家賠償請求控訴事件において、第一審徳島地裁判決(判時一五九七号一一五頁)を支持し、同様の認識を示している(平成九年一一月二五日判例集未登載)。
 また、「客観的要件」に関しても、そこまで厳格な要件が必要なのか疑わしい。なぜならば、わが国において憲法以下の国内法令のすべてが「明白、確定的、完全かつ詳細」であるとは思われず、しかし、裁判所はそれらを例外的な一部の規定のみを適用可能なものとして扱ってきたわけではない。「国内法は、直接適用であることが『推定』されている。直接適用可能であることがしいて立証されることなくして、直接適用されている。国内法は、直接適用可能でないと主張される場合にこそ、その根拠が詳しく論述されている。それならば、条約も、国内法に受容され国内において法としての効力をもつことが承認された以上は・・・国内法と同じように、直接適用可能であることが『推定』されてしかるべきではないか」(岩沢雄司、前掲書、三0一頁)。わが国において、憲法その他の法令についてそうであるように、条約もまた、裁判において直接適用可能であることが推定されなければならず、逆の推定を働かせることは、憲法九八条二項の要請に反することといわなければならない。
 要するに、国際法の「国内法化」によって、「裁判所は、条約規定を、国家間の関係を規律する特殊な法として認識するのではなく、基本的に、憲法や法律を取扱う場合と同じ認識をもって取扱えばよい。それが、憲法の要請にほかならない」(阿部意見書、一九頁)。

 (2)個人の国際法主体性と国際法の国内適用
 国際法主体性、とりわけ個人の国際法主体性をめぐる学説は、国際法の中で最も議論の多いものの一つである。国際法が、原則として国家間の関係を規律する法であることは確かであり、したがって、国家以外の存在、とりわけ個人に国際法上の権利が付与される可能性は著しく閉ざされてきたことも確かである(個人の国際法主体性と国際法の国内適用の問題について、阿部意見書、五ー一八頁参照)。伝統的国際法において、とくに一九世紀においては、国家のみを国際法主体とする学説が確立していたといえるが、現代国際法では、国家以外の国際機構、人民、個人にも一定の範囲で国際法主体性を認めることに異論はない。
 個人の国際法主体性について、現在のわが国の学説は、個人が自己に与えられた権利を直接国際法上の手続によって主張し、義務については国際的な手続でそれが追求される場合に限ってこれを認めるというのが多数説であり、これに対して、国際法が個人について権利義務を定めていれば、その救済の手続は国際法秩序のなかにはなくて国内法秩序に委ねられている場合にも、やはり国際法主体性が認められるべきであるとの学説がある。後者によれば、実体的な権利だけを国際法が定めて、その実現のための手続上の権利は国内法がこれを定めることが可能である。この後者の主張も十分に成り立つ(香西茂・大寿堂鼎・高林秀雄・山手治之『国際法概説〔第3版改訂〕』(有斐閣・一九九二年)四四ー四五頁参照)。こうして、いずれの立場をとるかは、「権利性」あるいは「主体性」の定義に依存することになる。もちろん、「後者の場合、個人を国際法主体と呼ぶことによって、直ちに国際的手続によって権利を主張しうるなどと誤解しないように注意しなければならない。」(香西茂他、前掲書、四五頁、傍点引用者)
 確かに、個人は、国際法により国際的手続が用意されていない限り、直接国際的手続によってその権利を主張できない。しかしながら、個人の国際法主体性に関する前者の立場に立ち、したがって、個人が自ら権利を主張しうる国際的手続が備えられていなければ、個人の国際法主体性が認められないがゆえに、個人は国内裁判所において国際法の援用を一切できない、と主張するのであれば、それは誤りであるといわなければならない。また、わが国の裁判実務とも一致しないことが指摘されなければならない(例えば、わが国の裁判実務における自由権規約の取扱いについては、斉藤功高「国際人権B規約の我が国における適用ーB規約の国内的効力と直接適用可能性についてー」住吉良人編『現代国際社会と人権の諸相』(成文堂、一九九六年)所収、参照)。
  もっとも、わが国の裁判所が、個人の国際法に基づく訴えを受理し、その解釈適用を行ってきたことは、必ずしも裁判所が国際法の適用・解釈を積極的に行ってきたことを意味するものではない。むしろ、国際人権訴訟については、その消極性が指摘されてきた(岩沢雄司「日本における国際人権訴訟」杉原高嶺編『小田滋先生古稀祝賀 紛争解決の国際法』所収(三省堂、一九九七)。
 わが国において、条約の直接適用が認めれたものとして、先に言及した以外にも、一九九三年に東京高裁は「通訳の援助を受ける権利は、わが国における自動執行力を有するものと解される国際人権B規約によって初めて成文上の根拠を持つに至ったものである」ことを認め、同規約第一四条三項を適用して、被告人に通訳に要した費用の負担を命じた横浜地裁の判決を破棄したなどの例がある(岩沢雄司「日本における国際人権訴訟」、前掲論文、二五二頁、阿部浩己、今井直、『テキストブック・国際人権法』(日本評論社、一九九六)、三二頁参照)。他方、慣習国際法については、「直接個々の国民の権利・利益を規律する場合においても、すでに国内法として存在する規定を一部補充・変更したり、特則を設ける程度のものであればともかく、権利の発生、存続及び消滅等に関する実体的要件や権利の行使についての手続的要件」などが詳密に規定されていない場合は、その国内適用可能性は否定せざるを得ない(シベリア抑留訴訟控訴審判決、判時一四六六号四0頁)とされたように、これまでは、一般論としては国内適用可能性がある場合を認めつつ、極めて厳格な要件を課しているといえよう。この極めて厳格な要件については、先に述べたように、日本国憲法の要請からして大いに疑問が残る。
 こうしたわが国の裁判所の一般的に消極的態度に対して、米州人権裁判所が「米州(人権)条約の効力発生に関する留保の効果」についての勧告的意見の中で以下のように指摘したことが注目されなければならない。
 「現代人権諸条約一般、および特別に米州条約は、締約国の相互利益のための権利の相互交換を達成するために締結された伝統的なタイプの多数国間条約ではない。それらの目的および趣旨は、その国籍のいかんを問わず、その国籍国およびその他すべての締約国の双方に対する個人の基本的権利の保護である。これらの人権諸条約の締結に際して、諸国家は、それらが、共通の善のために、他の国家に対してばかりでなく、その管轄内にあるすべての個人に対して様々の義務を引き受ける法秩序に服さなければならないのである」(IACtHR, Advisory Opinion OC-2/82 of September 24, 1982, in T. Buergenthal and D. Shelton eds., Protecting Human Rights in the Americas: Cases and Materials (4th ed.)(1995), pp.468-472
 この勧告的意見は、伝統的国際法においては、条約は、単に国家間関係を規律するものと考えられていたのに対して、現代の人権諸条約は、その締約国が管轄権内にあるすべての個人に対するさまざまの義務を履行しなければならないものであるという、まさに人権諸条約の本質を述べたものとして注目される(米州人権裁判所のヴェラスケス・ロドリゲス事件判決参照、IACtHR, Velasques Rodriguez Case, Merits, Judgement of July 29, 1988, Series C No.4, in ibid., pp.433-436 )。
 このことを慣習国際人権法に当てはめれば、諸国家は、その管轄権内にあるすべての個人に対して慣習国際人権法上の義務を履行しなければならず、個人は、慣習国際人権法の下で、実効的な救済と正当な賠償に対する権利を有することになるのである。この点で、米国におけるフィラルチガ事件判決およびフェルナンデス事件判決が重要である。(阿部浩己・今井直、前掲書、三三頁参照)。米国においては、当時、批准している人権条約が少なかったために、慣習国際人権法に依拠せざるを得なかった。フィラルチガ事件は、パラグアイで自分の息子を警察により拷問死させられたパラグアイ国民が、移住先の米国で拷問首謀者のパラグアイ人警察高官を発見し、この者に対する損害賠償請求を提起したものである。このパラグアイ国民間の民事訴訟において、一九八0年連邦控訴裁判所は、拷問の禁止は「慣習国際法の一部となっている」とみなし、外国人不法行為法に基づく連邦裁判所の管轄権を認め、これを受けて一九八四年連邦地方裁判所は、慣習国際法に違反する拷問行為を理由に被告に一0四0万ドルの賠償支払いを命じた(Filartiga v. Pena-Irala, 630 F.2d 876(2d cir. 1980). Filartiga v. Pena-Irala, 577 F.Supp.869 (E.D.N.Y.1984)。また、フェルナンデス事件は、一九八0年連邦地方裁判所が、恣意的な拘禁の禁止を慣習国際法上の規則と認定した上で、入国拒否事由に該当するキューバ人難民の無期限の収容を慣習国際法違反の恣意的拘禁であると判断し、即時釈放を命じたものである(Fernandez v. Wilkinson, 505 F.Supp.787 (D.Kan.1980))。
 人権諸条約の下では、締約国は、その管轄権内のあるすべての個人に対するさまざまの義務を履行しなければならないが、慣習国際人権法については、国家はそのような義務は負わないというのであれば、国際人権保障の本旨に、そして正義に著しくもとるといわなければならない。当事国は、条約の不履行を正当化する根拠として自国の国内法を援用することはできないことを知らなければならないのであり(条約法条約第二七条)、そのことは、慣習国際法についても当然に当てはまるといわなければならない。
 いわゆる「関釜裁判判決」において、山口地方裁判所下関支部が示した立場は、米国などにおける国際人権保障の積極的な拡大傾向と軌を一にするものとみることができる。すなわち、裁判所は、「従軍慰安婦制度」が、「徹底した女性差別、民族差別思想の現れであり、女性の人格と尊厳を根底から侵し、民族の誇りを踏みにじるものであって、しかも、決して過去の問題ではなく、現在においても克服すべき根源的人権問題であることもまた明らかである」ことを認め、「従軍慰安婦制度は、その当時においても、婦人及び児童の売買禁止に関する国際条約(一九二一年)や強制労働に関する条約(一九三0年)上違法の疑いの強い存在」であり、それだけではなく「これが二0世紀半ばの文明水準に照らしても、極めて反人道的かつ醜悪な行為であったことは明白であり、少なくとも一流国を標榜する帝国日本がその行為において国家が荷担すべきものではなかった」という認定に立って、国の立法不作為の国家賠償法上の違法性を認めたのであった(判例集未登載)。
 なるほど、国際法において(そして、わが国において、「救済法」といった発想は希薄であると指摘されている、佐藤幸治『憲法〔新版〕』(青林書院、一九九0)二七三頁)、被害者の救済と賠償の問題に対しては僅かな、あるいは周辺的な関心しか与えられてこなかったことは確かである(E/CN.4/Sub.2/1993/8, para.132)
 しかしながら、国際法は確実に変化してきたのであり、そしてまた、国際法の変化につれて国内法も変化してきたのであり、その変化は、まさに個人の権利を保障する方向である。わが国がそうした方向に沿わなければならないことは、憲法前文および第九八条2に掲げる国際協調主義の要請でもある。
 
 3 国内法解釈の基準ないし指針としての国際法
 (1)国内法解釈を補強するものとしての国際法
 わが国において、国内法は、国際法に一致するよう解釈されなければならないことは、
日本国憲法が国際法を誠実に遵守するよう求めていること、そしてわが国を拘束する国際法が法律よりも上位の効力を認められことの当然の帰結である。わが国と同様、国際法と国内法の関係について一般的受容方式を採用する米国において、「国際法はわが国の法の一部であ」り(パケット・ハバナ号事件、一九00年、米国連邦最高裁判所判決)、可能な限り合衆国法を国際法に一致して解釈しなければならないことは、十分に確立された制定法上の解釈の規範である、とされている。このことは、「議会制定法は、その他の何らかの可能な解釈が残されている場合、国際法に違反するように決して解釈されてはならない」(The Charming Betsey, 6 U.S. (2 Cranch)64, 118 (1804), 「制定法は、国際法の下での米国の義務に一致して解釈されるべきである」(MacLeod v. United States, 229 U.S. 416, 434 (1913), また「合衆国の裁判所は、国際法により拘束される」(Filartiga v. Pena-Irala, 630 F.2d 876, 887 (2d Cir. 1980)などの判決において確認されてきている。ここでいう国際法には、条約のみならず慣習国際法も含まれることはいうまでもない。こうした米国の判例の態度は、後に検討する、わが国における個人の請求権の否認の根拠としての国内法に基づく抗弁を検討する際に、極めて重要な示唆を与えるものとして留意しなければならない。
 わが国においては、裁判所が国際人権法に対して消極的な姿勢であることが指摘されているが、近年、いくつかの判例において国際人権法を援用して私人に有利な結論を導いていきたことが注目される(岩沢雄司、前掲論文、二五一ー二五三頁、阿部・今井、前掲書、三四ー三六頁参照)。例えば、一九八九年の法廷メモ事件において、最高裁は、直接国際人権規約を適用しなかったものの、法廷においてメモを取ることは、憲法第二一条および自由権規約に照らして、「尊重に値(する)」とした上で、「裁判所としては、今日においては、傍聴人のメモに関し配慮を欠くに至っていることを率直に認め、今後は、傍聴人のメモを取る行為に対し配慮することが要請されることを認めなければならない」と述べた(最大判一九八九年三月八日民集四三巻八九頁)。また、最近のものとして、先にも言及した一九九七年一一月二五日、高松高裁が言い渡した「受刑者接見妨害国家賠償請求控訴事件」判決が注目される。同裁判所は、自由権規約第一四条、憲法第三二条、監獄法および同法施行規則の解釈について、ヨーロッパ人権条約を自由権規約との関連性をも考慮して、「そこに含まれる一般的法原則あるいは法理念についてはB規約一四条一項の解釈に際して指針とすることができ」、また、国連総会が採択した被拘禁者保護原則も同様に指針となしうると解し、規約人権委員会の自由権規約一四条一項に関連する見解を「前記解釈について参考とすべき事情」とみなしたのである。

 (2)国内法令に対する国際法の優越
  個人の請求権が認められるとして、国内法上の時効または除斥期間、および国際法上の時際法の抗弁がなされることがある。この点については、まずなによりも、わが国においては、わが国が締約国である条約および慣習国際法は憲法よりも下位であるが、法律よりよりも上位の効力が認められ、すなわち、国内法令に対する国際法の優越が認められるという基本原則を再確認した上で、国内法上のそうした抗弁が、それに関連する国際法規則と合致するのか否かが問われなければならない。合致するのであれば、当然に国内法上の抗弁は是認されなければならず、合致しなければ国際法規則が優越することになる。これは、先に言及した「国内法は、国際法に一致するように解釈されなければならない」ことの論理的帰結である。時効または除斥期間に関する抗弁がこれにあたる。次いで、なんらかの国際法規則それ自体が当該裁判において援用可能か否か、という別の問題がある。国際法上の時際法の問題がそれにあたる。
 ①国際法における時効・除斥期間
国際法において時効が問題とされるのは、たとえば、領域取得の権原の一つとしての取得時効であり、あるいは、国際請求における消滅時効に関してである。後者について、とりわけ仲裁裁判で問題とされるが、学説、判例上議論がある。ブラウンリーは、学説上、または判例上広く受け入れられている規則は、合意がない場合、問題は裁判所の裁量の問題であるとし、通常、国家請求は、被告が事実を立証する際の困難さを理由に否認されるが、被告にとって明らかにいかなる不利も存在しない場合には、裁判所は、国家関係が処理される状況において時の経過それ自体が請求の妨げになることを認めたがらないであろうと述べる(Brownlie, Principles of Public International Law(4th ed.)(1990), p.505)
 「従軍慰安婦」といった重大人権侵害に関しては、被告側による時効の援用は、時の経過がむしろ原告側に事実の立証を困難にさせるものであるがゆえに、原告側に一方的に不利を課するものであり、被告側の権利濫用になるといえよう。ファン・ボーベンが述べるように、時効の適用は、しばしば重大な人権侵害に対する当然に与えられるべき賠償を被害者から奪うものであり、重大な人権侵害に対する被害回復に関連する請求は、時効に従うべきではないという原則が広く受け入れられなければならない(Ibid., para.135)。国連は、一九六八年「戦争犯罪と人道に対する罪への時効不適用に関する国際条約」を採択し、「国際法上、戦争犯罪および人道に対する罪については時効が存在しないという原則を確認し、かつ、この原則の普遍的適用を確保することが必要」としているのである。マクドゥガル報告書は、条約上、国際社会は、戦争法や人道に対する罪などの国際法のとてつもない違反に対するいかなる請求についても、時効の下で妨げられないことを確認しているとた上で、わが国の「慰安所」に関して、「たとえ、時効が発動される可能性があるとしても、新たな重大な事実が最近になって明るみにでた今回の事情には適用されない。「慰安所」に関する日本による最初の聞き取り調査は一九九二年まで行われず、日本政府が「慰安所」の設置および管理における日本軍の役割を始めて認めたのは、一九九三年であった。「慰安婦」たちが自らの請求を適切に追求することを妨げた異常な状況と、これらのレイプ・センターの設置と管理に日本軍が果たした役割について日本政府が適切に対処してこなかったことに照らして、司法の利益が要請することは、いかなる適用可能な時効も日本政府による一九九二年の承認の日付以降に発生する、ということである。」と述べている(Ibid., Appendix, paras.39-49)
 事実が当初から明らかにされ、さらに個人に自ら損害賠償を請求する道が当初から開かれていたのであれば、時効の援用も確かに可能であろう。しかしながら、逆に、被告側、すなわち国が事実を隠し、個人の請求権は認められないの立場をとりながら、いざ、個人の請求権は消滅していないと方向転換をした途端に時効を援用することは、あまりに問題が多いといわなければならない。それは、「関釜事件判決」が認めたように、むしろ立法不作為の責を問われるものであり、あるいは、信義誠実の原則に違反し、権利濫用ともなるものである。
 わが国の判例として、一九九六年、不二越事件において、富山地裁は、一九九一年八月二七日の先にも言及した外務省条約局長の個人の請求権は日韓協定によって消滅しないとの公式見解への転換まで、「原告らの個人的事情を越え、かつ原告らの関与可能性のない客観的、一般的状況により原告らが本件賃金債権を行使することは現実に期待しえない状態にあ」ったとして、時効の起算点をその公式見解発表の翌日とした(判タ九四一号一八三頁)。この判決は、被告の「不法行為に基づく損害賠償請求権は、損害及び加害者を知ったときより三年で消滅時効にかかる。原告らの主張によれば、昭和一八年ないし二0年当事の被告の募集、採用行為、労働条件、その他の殊遇についての不法行為を主張しているから、この当事、原告らにとって、損害及び加害者は明らかであったのであり、原告らが損害及び加害者を知ってから三年が経過していることは明らかである。」との理由で消滅時効の完成を主張したのに対するものである。
  予防接種禍東京集団訴訟判決において、最高裁第二小法廷は、民法第七二四条後段について、不法行為の被害者が不法行為に起因する心神喪失の状況におかれ、およそ権利行使が不可能であるのに、単に二0年が経過したということのみをもって一切の権利行使が許されないことになる反面、心神喪失の原因を与えた加害者は、二0年の経過によって損害賠償を免れる結果となり、著しく正義・公平の理念に反するもの、と判示した(1998年6月12日、読売新聞夕刊)。
 国内法は国際法に一致するよう解釈されなければならず、従って、「従軍慰安婦」に時効、除斥期間は適用されず、むしろその適用を主張することは新たな違法行為となるというべきであるが、仮に、そうした主張が認められないとした場合であっても、この最高裁第二小法廷の論理に従えば、除斥期間が適用されれば、加害者の不法行為に起因する過酷な状況の下におかれ、およそ権利行使が不可能であった「従軍慰安婦」被害者の権利行使が許されず、加害者が損害賠償を免れるという著しく正義・公平の理念に反する結果をもたらすがゆえに、除斥期間の規定は適用されてはならない。また、「関釜裁判」判決の立法不作為論に依拠すれば、少なくとも、時効の起算点は、賠償立法を行った時点からになるであろう。
  なお、人道に対する罪に対する公訴時効に関する国内判例として、次のものが注目される。一九八三年から八五年にかけてのフランスにおけるバービー裁判において、破棄院判決は、人道に対する罪に対して公訴時効が適用されないということは、国際軍事裁判所条例から導き出された原則であって、国際軍事裁判所条例の定義した人道に対する罪に対する時効不適用を定めた一九六四年の法律はこれを確認したものに過ぎず、またこれと同じ原則は、ヨーロッパ人権条約第七条二項および自由権規約第一五条二項のいう国際社会の認める法の一般原則による犯罪に対し適用される、とした。これも、フランスの国内法を国際法に一致させる現れであり、フランス法解釈の基準ないし指針として国際法が援用されたのである(岡田泉「「人道に対する罪」処罰の今日的展開ー国内立法および国内裁判に着目してー」『世界法年報』第一五号(一九九六)六0ー六二頁参照)。

②国際人権法の解釈と時際法
  「従軍慰安婦」に関して、「行為または法状態の有効性はその時点で有効な法に従って判断されなければならない」(パルマス島事件判決、Reports of International Arbitral Awards, Vol.2, p. 845) という、いわゆる時際法の問題がある。フーバー仲裁人は、パルマス島事件判決において、「法的事実(行為)はそれに関する紛争が発生しまたは解決される時に有効な法ではなくて、それと同じ時代の法に照らして評価されなければならない」とし、引き続く時期によって支配的な異なった法体系のうちどれが特定の場合に適用されるべきかという時際法の問題について、「権利の創造と権利の存続」を区別し「権利の存在いいかえればその継続的表明が法の発展により要求される条件に従わなければならない」と述べた。時際法に関連して、国際人権法は特別のカテゴリーに入るのか否かの問題が論じられてきた(R. Higgins,Some Observations on the Inter-Temporal Rule in International Law, in J. Makarczyk ed., Theory of International Law at the Threshold of the 21st Century: Essays in honour of Krzysztof Skubiszewski, p.174(1996)
 一九六六年の国際司法裁判所の南西アフリカ事件判決において、委任統治地域に関して、南アの受任国として義務違反の有無が争点の一つであった。田中耕太郎判事は、その反対意見において、「差別禁止」に関する法規範を検討し、法の前の平等に関する法規範が国際的平面において存在するか否か、およびそれは受任国としてのその義務を履行する際の被告国の行動に対する拘束力を持つのか否かを検討した(ICJ Reports 1966, pp.287-294)。同判事は、人種に基づく差別禁止または隔離禁止の規範は原告の主張するように慣習国際法上の規則になってきたのであり、その結果、受任国としての被告の義務は、直接国連の加盟国としての能力において、または少なくとも委任状第二条二項(受任国に対し「地域住民の物質的、精神的福祉および社会的発展を最大限促進する」義務を課する)の解釈を通じて、この法規範により規律されるものと考えた。そして、先の法規範の適用に関する争点の一つが、たとえかかる法規範が委任状第二条二項の下で被告の義務を判断するために存在するとして、それは、委任状が被告に委任された時に存在するものであったか否か、であった。これは、明らかに時際法の問題である。被告の立場は、旧法の下で生じた事項に対する新法の適用を否定するものであり、すなわち、新たな慣習法の遡及効の否定である。原告の議論は、「諸国家の発展する実行および見解の関連性、委任状一般、および第二条二項の性質および目的に関連する義務の決定に対する経験の増大と政治・社会科学における増大する知識」に基づいている。同判事は、この問題に関する見解は実質的に原告のそれとほぼ同じである、と述べる。そして、四0年以上前に出発した事項に対する新たな慣習法の遡及的適用を認める理由を、次のように述べた。
 「問題の事項は、実際に旧法と新法のそれではなく、すなわち、法の修正から生じ、および既得権保護の原則、それゆえ、不遡及の原則に基づいて決定されるべき問題ではない。本件において、被告の既得権の保護が争点ではなく、その義務が争点である。なぜならば、委任制度の主要な目的は、倫理上の、そして人道的なものだからである。被告は、今日と同様この四0年の間、非人間的な方法で行動するいかなる権利も有しない。それゆえ、差別禁止の問題に関する新たな慣習国際法の発生の承認は、受任国に不利なものとみなされるべきではなく、委任状第二条二項および連盟規約の諸条項の有権的解釈とみなされるべきである。四0年前に明確にされるべきことは、その効果が遡及的である有権的解釈の役割を演じる新たな慣習法の創造により示されてきたのである。」
 田中判事は、慣習国際法の発生の方法を個別的過程から、集団的過程への転換の段階にあるとして、この現象を国際社会の組織化の進展の中でとらえたのであった。
 既に指摘したように、「従軍慰安婦」は、当時の国際法に照らして違法であったが、この田中判事の意見からいえることは、奴隷制度、奴隷取引の禁止、婦人売買の禁止、また強制労働の禁止のいずれも、国家にそれらの禁止の義務を課すものであり、また、まさに倫理上の、そして人道的なものであるがゆえに、今日と同様六0年前においても、国は非人道的な方法で行動するいかなる権利も有しなかったのであり、今日の国際法に照らして解釈されるべきものなのである。そして、当時において、それらの禁止が慣習国際法規範として成立していたとしても、ユス・コーゲンスであったとまでいえるかどうかは議論のあるところであり、今日の国際法に従って解釈することにより、なお一層違法性が強まることになろう。
 さらに、時際法に関して、ヨーロッパ人権条約の解釈に関するヨーロッパ人権裁判所の判例が注目される(See F. Matscer, Methods of Interpretation of the Convention, in R. St. J. Macdonald et al eds. the European System for the Protection of Human Rights, pp.68-70(1993))。タイラー事件において、「むち打ち」という司法的体罰が、「拷問又は非人道的なもしくは品位を傷つける取扱いもしくは刑罰」を禁止する同条約第三条ならびにその他若干の条文に違反するとした申立に対して、裁判所は、「(ヨーロッパ人権)条約は、今日の諸条件に照らして解釈されるべき生きた文書であることを想起しなければなら」ず、諸国の一般政策における発展や受け入れられた共通の基準を考慮しなければならない、と述べた。また、マルクス事件において、ベルギー法が、「非嫡出子」の場合に「嫡出子」と異なりさまざまな不利な取扱いをしているとの申立に対して、裁判所は、一九五0年代のヨーロッパ諸国においてそれらの区別は一般に行われていたとしつつ、家庭生活の尊重を規定するヨーロッパ人権条約第八条の今日的理解に照らして、かかる区別は本条と両立しないと判示した。
 このように、国際人権法における時際法の問題も、まさに個人の権利を保障する方向で論じられ、適用されてきたのであり、このことも、国内法を国際法に一致して解釈する上で考慮されなければならない。                           なお、処罰に関して、自由権規約第一五条は、「1 何人も、実行の時に国内法又は国際法により犯罪を構成しなかった作為又は不作為を理由として有罪とされることはない。・・・2 この条のいかなる規定も、国際社会の認める法の一般原則により実行の時に犯罪とされていた作為又は不作為を理由として裁判しかつ処罰することを妨げるものではない」として、遡及処罰の禁止を規定しているが、「従軍慰安婦」は、「実行の時に犯罪を構成」したものであり、いかなる問題も生じない。

 4 国家責任の解除義務の「国内法化」とその効果
 世界人権宣言第八条は、「すべての者は、憲法又は法律によって与えられた基本的権利を侵害する行為に対して、権限のある国内裁判所による効果的な救済を受ける権利を有する」と規定する。また、自由権規約第二条三項は、次のように規定する。
 「この規約の各締約国は、次のことを約束する。
 (a)この規約において認められる権利又は自由を侵害された者が、公的資格で行動する  者によりその侵害が行われた場合にも、効果的な救済措置を受けることを確保するこ  と。
  (b)救済措置を求める者の権利が権限ある司法上、行政上若しくは立法上の機関又は国  の法制で定める他の権限ある機関によって決定されることを確保すること及び司法上  の救済措置の可能性を発展させること。
  (c)救済措置が与えれる場合に権限ある機関によって執行されることを確保すること。」
 また、同規約第九条五項は、「違法に逮捕され又は拘留された者は、賠償を受ける権利を有する。」と規定している。
 これらの規定について、世界人権宣言の規定は、慣習国際法であるのか否か、そうであるとして、いつそうなったのか、あるいは、条約の場合、締約国になってからの義務であり、それ以前については拘束されないといった議論も可能であり、ここではそれ以上の議論に入らない。ただし、先にみた国際人権法に関する時際法の議論では、国際法の今日的理解に照らして、個人の権利を保障する方向にあることを、再度確認しておきたい。
 日本国憲法は、わが国を拘束する国際法に国内法の効力を与えているが、その場合に、国際法に実体的権利たる「第一次権利」と、責任解除を求める権利たる「第二次権利」の区別はなされておらず、第二次ルールであっても、国内法としての効力発生を妨げていない。したがって、国家責任の解除義務も「国内法化」し、その効果として、国家は被害回復義務を負うことになり、個人は、国際的手続の不存在ゆえに実現しなかった第二次的権利の行使を、日本の裁判所で行うことができることになる(阿部意見書、二六ー二八頁参照)。

  (1)国家の被害回復義務
 わが国は、「従軍慰安婦」に対する国際違法行為を行ったことにより、国家責任を負うことになった。わが国は、国際違法行為国として、その生ぜしめた一切の損害(法益)を賠償することによって、国際義務違反により自ら負った責任を解除されることになる。「従軍慰安婦」が個人としての請求権を認められる以上、国家に課される被害回復義務は、効果的な救済措置を行うことであり、それは行政府、立法府および司法府のすべて、またはそのいずれかによりなされうるものである。 
  ファン・ボーベン報告書においては、重大な人権侵害の被害者に対する被害回復に関して、具体的な提案がなされた。その提案は、基本的に、国家責任条文草案に規定された現状回復、金銭賠償、満足および再発防止の確認に依拠して、さらに具体的な措置を含むものである。この提案は、とくに「従軍慰安婦」のみに関連するものではないが、重大な人権侵害の被害者である「従軍慰安婦」にも当然にあてはまる(Ibid., para. 137)。また、マクドゥガル報告書は、その「付属文書」における勧告において、「慰安婦」に対する救済策を具体的に提言している(Ibid., Appendix, paras.63-68)。そこでは、国連人権高等弁務官が中心になってのレイプ・センターに関わる証拠収集や、被害者に対する聞き取り調査などの提言に続いて、金銭賠償(compensation)の適切性が強調されている。すなわち「金銭賠償の適切なレベルは、例えば、侵害の重大さ、範囲および反復性、犯された犯罪の意図的な性質、公共の信頼に違反した公務員の有責性、および経過した膨大な時間の程度(例えば、金額の現在の価値の損失、並びに救済が大幅に遅れたことによる心理的被害)のような考慮に基づくべきである。一般に、金銭賠償は、例えば、肉体的または精神的被害、苦痛および情緒的心痛、教育を含む機会の喪失、収入および収入能力の喪失、適切な医療費その他のリハビリテーション費用、名誉または尊厳の被害、救済を得るための法的または専門的援助の適切な費用のようなすべての経済的に算定可能な被害に適用される。これらの要素に基づき、金銭賠償の適切なレベルが遅滞なく提供されるべきである。・・・また、かかる悪弊が将来起こらないことを確保するための抑止的な行動に必要な、なんらかの考慮が金銭賠償のレベルに与えられるべきである。」
 行政府に求められる被害者の救済措置は、まずなによりも、「従軍慰安婦」に対するわが国の法的責任を認めることである。その上で、国家責任の解除として公式の陳謝などの「満足」が履行され、および金銭賠償をしなければならない。金銭賠償について、立法化が必要であれば、内閣は自ら有する法律案提出権を行使しなければならない。再発防止の確認・保障についても行政府がなしうることである。また、実際的な救済策としては、被害者の医療その他のリハビリテーションを行うことが必要である。
 マクドゥガル報告書は、日本政府は、少なくとも年に二回国連事務総長に対して、「慰安婦」を特定し、損害賠償を行い、加害者を訴追する進捗状況を詳述する報告書を提出ことを要請されるべきである、と勧告している(Ibid., Appendix, para.67)
 立法府の国家責任の解除義務に関しては、「関釜裁判」判決が、「従軍慰安婦」に対する日本国憲法上の賠償立法義務を、次のように明確に認めたものとして注目に値する。すなわち、一九九三年内閣官房内閣外政審議室が「いわゆる慰安婦問題について」と題する報告書を提出し、また当時の内閣官房長官の談話が発表され、従軍慰安婦問題が重大な人権侵害であって、「「心からお詫びと反省の気持ちを申し上げる」べきものであり、かつ、「そのような気持ちを我が国としてどのように表すかということについては、有識者のご意見なども徴しつつ、今後とも真剣に検討すべきもの」であることが表明されている。そして、これに加えるに、そのころまでには、ドイツ連邦共和国、アメリカ合衆国、カナダにおいて、第二次世界大戦中の各国家の行為によって犠牲を被った外国人に対する謝罪と救済のための立法等がなされた事実もまた明らかになっており・・・、これら先進国の動向とともに従軍慰安婦制度がいわゆるナチスの蛮行にも準ずべき重大な人権侵害であって、これにより慰安婦とされた多くの女性の被った損害を放置することもまた新たに重大な人権侵害を引き起こすことをも考慮すれば、遅くとも右内閣官房長官談話が出された平成五年(一九九三年)八月四日以降の早い段階で、先の作為行為は、慰安婦原告らの被った損害を回復するための特別立法をなすべき日本国憲法の義務に転化して、その旨明確に国会に対する立法課題を提起したというべきである」と、極めて明快に述べた。
 国際法の「国内法化」の本質は、「国内法の実現を担う司法府に、国際法の履行確保の役割を委ねたところにあ」り、「国際法が国内法化されているのは、裁判所の司法的営みを通じて国際法の遵守を確保し、もって国際協調主義の実現をはかることにほかならない。裁判官には、国際法違反の事態を回避または排除する責務が憲法上の要請として課せられているわけである。ちなみに、日本と同じように国際法を国内法化しているドイツやアメリカの裁判所なども、国際法に関して、同様の役割・責務を担うものとされている」(阿部意見書、二0ー二一頁)。こうして、司法府も、国家責任の解除義務を担うことになり、しかも、最終的なその担い手として極めて重要な地位にあるといわなければならない。
 
 (2)個人の損害賠償請求権
 個人の損害賠償請求権は、現在の国際法において、国際法がそれを付与していない限り、直接国際的手続に基づいて行使されることは困難であるが、少なくとも国内的に認められることについては、既に見たとおりである。このことを、国家責任の解除義務の「国内法化」という観点から再度検討しておくことにする。
   わが国において、個人が国際法の侵害を根拠に国に損害賠償を求める場合、すなわち、権利の侵害に対する効果的な救済を求める場合、その法的根拠となりうるのは、国家賠償法および(または)民法の不法行為の適用である。
 民法の不法行為の適用に関しては、国内法に対する国際法の優越、言い換えれば、国内法は国際法に一致するように解釈されなければならないという、先に示した議論に関係する。「従軍慰安婦」に請求権が認められないとの国内法に基づく抗弁については、国際法上の時効、除斥期間の問題を検討し、とりわけ重大な人権侵害に対する被害回復に関連する請求は、時効に従うべきではないとの原則を確認したとおりである。仮に、時効が適用されるにしても、それは被害者に有利に解釈されなければならない。こうして、国際法が優越することにより、国内法の時効は援用することができない、仮にできるにしても、被害者に有利に適用されなければならないのである。
  もしも、民法の不法行為の適用ができないというのであれば、被害者は救済を得る法律がないことになる。このことは、国家責任の解除義務が「国内法化」し、国内的に被害回復義務を負った国家が、その国家責任を解除しない違法状態を存続させることであり、関釜事件判決」が述べるように、立法不作為による国家賠償法による救済がなされなければならないことになるのである。

おわりに
 長年にわたり自由権人権規約委員会の委員を務められてきた安藤仁介教授は、わが国の戦後処理の歴史を振り返り、日本政府がなにがしかの対策を講じてきたとはいえ、それらは決して十分なものではないとされ、「問題の核心は、もともと同じ境遇下におかれた人たちを、彼らの意思に基づかない国籍変更という事実を根拠にして、同等に扱わないこととした点にこそ求められる。そして降伏直後の混乱という特殊な事情も、その後の長期にわたる差別的取扱いを、決して正当化することはできないであろう」と述べられた(安藤仁介、「戦後処理の五0年ー国際法の視点から『国際問題』No.423(一九九五)五六頁)。「従軍慰安婦」は、「もともと同じ境遇下におかれた」どころか、始めから差別的に取扱われたのであり、国の責任は一層重いといわなければならない。
 ドイツ、米国、カナダなどが第二次大戦中の被害者に対するさまざまの補償措置を講じてきたことは周知のことであるが、そうした措置をより完全なものにしようとの努力が引き続きなされている。この点で注目されるのが、第二次大戦中にペルーなどの中南米諸国からアメリカの強制収容所に連行された元日系人らがアメリカ政府に謝罪と補償を求めていた裁判で、アメリカ政府は、国外に居住する日系人も対象とする和解案を提示、原告側がこれを受け入れたことである。政府提案は、日系米国人への謝罪・補償を定めた「市民自由法」(八八年)における「五二年までに米市民権または永住権を取得した者」に限定されていたものの拡大運用である(毎日新聞、1998年6月13日)。
 わが国において、日本国憲法が要請することは、国際法は国内法化され、国内法は国際法に一致するよう解釈されなければならないということである。そのことは政策的な要請ではなく、あくまでも法的な要請であり、その要請に応えることこそが、裁判所に課せられた司法的営みであるとであると確信する。
 

 一九九八(平成一0)年九月二五日